ファカルティズ・コラム
2025年01月09日
フジテレビの戦略
収束の兆しが見えない「フジテレビ問題」。
中居氏の性加害問題に端を発したこの問題はフジテレビ、およびフジメディアグループ全体のガバナンスにまで論点が拡大し、先日の「やり直し記者会見」は10時間にも及びました。
スポンサー離れも止まらず、震災の時以来の「ACジャパンだらけ」はネットで今やギャグとして取り上げられる始末です。
正直個人的にはさほど興味のない事件なのですが、記者会見の切り抜きを見て「はて?」と思ったわけです。
「今回の問題、フジテレビはどのような戦略で乗り切ろうとしていたのだろう?」
『戦略(ストラテジー)』とは言うなれば「道」です。
道の先には必ずゴール、つまり目的があります。
企業全体の活動で言えば、ゴールに当たるのが「企業理念(ミッション)」、ゴールにたどり着く前に泊まる宿に当たるのが「中期的目標(ビジョン)」です。
だから上位目的から「どうやって」を掘り下げると「ミッション→ビジョン→ストラテジー」の順番になります。
そしてミッションはひとつでも、本来はビジョンの選択肢(オプション)は複数考えられますし、ビジョンに向かう道、ストラテジーも複数のオプションがあります。
どのような道を選んで宿にたどり着くのが効果的・効率的か。
こう考えて複数のオプションからビジョンとストラテジーを「選択する」、これが「戦略を考える」ということです。
さて、これを踏まえて今回のフジテレビ問題を見てみましょう。
フジテレビとして今回の問題における「ゴール」は「社会的信頼の回復(とその結果としてのスポンサーの回帰)」と言って良いでしょう。
次に先日の会見を「宿」と位置づけたとき、彼らはどの宿を選んだのでしょうか。
そのオプションとしては以下が考えられます。
(1)性加害問題について会社としての関与が無かったことを理解してもらう
(2)とにかく真摯な姿勢を見せ、風当たりを少しでも弱める
これでおわかりのように、(1)の方がより上位目的で、(2)は「とりあえず」のレベルです。「時間稼ぎ」と言っても良いでしょう。
他にも「ガバナンスに問題が無いことの説明」もオプションかもしれませんが、これはあまりにも無理筋な「ない物ねだり」であり、その意味では、日枝相談役が会見に出席していなかったのは理解できなくもありません。
では(1)だったと仮定すると、それは実現できたのか。
これは全くできていません。当事者であるA氏と中居氏への聞き取りから「無かったと認識している」というレベルで、結局は「第三者委員会の調査待ち」と答えざるを得ないのは会見前からわかっていたはずです。
(1)を実現するのであれば、「当該事案のきっかけとなったA氏主導の中居氏自宅でのパーティ」の存在すら否定する戦略を採用する必要が出てきますが、それは難しいでしょう。
また度々指摘されている「度を超えた接待の常態化」という企業風土も否定しなければならなくなりますから。これまた無理筋と言えます。
こうして考えると、今回の会見のゴールは(2)の「時間稼ぎ」と見て良いでしょう。
しかし本当に時間稼ぎができたのでしょうか。
彼らの取った戦略は
◆来る者拒まずのフルオープンでの会見
◆時間無制限
◆経営陣の一部交代の発表
でした。
その成果は…ほんの少し宿に近づいた(時間稼ぎできた)、と言えます。
10時間も及んだ会見と会見での経営陣の態度によって、一定数「かわいそう」「ここまでやらなくては」といった同情論がネットでは見られました。
それでもまだまだ宿には遠い、つまりフジテレビにとっては「労多くして功少なし」の会見だったことは確かです。
「今回の会見の顧客は誰か」
まずこれを明確にすべきでした。
誰に向けた会見か、そのオプションとしては
・スポンサー
・視聴者
・番組出演者とその所属事務所
・集まった記者と所属メディア
・自社従業員
・制作会社等の外部スタッフ
・ロケ先他の取材・撮影協力者
などが考えられます。
さて、先日の会見のターゲットは誰だったのでしょう。
ここからは私見ですが。たぶんフジテレビは明確なターゲットを設定していなかったと思われます。それこそ「日本国民全員」くらいに考えていたかもしれません。
「戦略」とは「選択」です。
どの道を行くべきかを選ぶ。それを決めるということは「進まない道を決める」ことであり、視点を変えれば「やらないこと、諦めること明確にする」ことです。
それを怠り「なんとなくその場が収められれば」と考えてしまうとこうなってしまう。今回の会見はその悪い見本と言えます。
では、誰をターゲットとし、どのような戦略なら良かったのか。
個人的にはターゲットは「スポンサー」に絞るべきだったと思います。
その上で「フジテレビは変わる」ことを宣言し、そのエビデンスを示す。最終的には第三者委員会に委ねるとしても、組織ぐるみで過剰な接待を行っていた事実を認める。そして日枝相談役も含め全役員の退任を発表する。
最後は難しい選択かもしれませんが、このくらいやらないとスポンサーからの信頼は取り戻せないのではないでしょうか。
桑畑 幸博(くわはた・ゆきひろ)
慶應MCCシニアコンサルタント
慶應MCC担当プログラム
ビジネスセンスを磨くマーケティング基礎
デザイン思考のマーケティング
フレームワーク思考
イノベーション思考
理解と共感を生む説明力
大手ITベンダーにてシステムインテグレーションやグループウェアコンサルティング等に携わる。社内プロジェクトでコラボレーション支援の研究を行い、論旨・論点・論脈を図解しながら会議を行う手法「コラジェクタ®」を開発。現在は慶應MCCでプログラム企画や講師を務める。
また、ビジネス誌の図解特集におけるコメンテイターや外部セミナーでの講師、シンポジウムにおけるファシリテーター等の活動も積極的に行っている。コンピューター利用教育協議会(CIEC)、日本ファシリテーション協会(FAJ)会員。
主な著書
『屁理屈に負けない! ――悪意ある言葉から身を守る方法』扶桑社
『映画に学ぶ!ヒーローの問題解決力』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2020年
『リーダーのための即断即決! 仕事術』明日香出版社
『「モノの言い方」トレーニングコース』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2017年
『すぐやる、はかどる!超速!!仕事術』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2016年
『偉大なリーダーに学ぶ 周りを「巻き込む」仕事術』日本能率協会マネジメントセンター通信教育教材2015年
『すごい結果を出す人の「巻き込む」技術 なぜ皆があの人に動かされてしまうのか?』大和出版
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