私をつくった一冊
2025年04月08日
恵良 隆二(横浜市芸術文化振興財団専務理事)
慶應MCCにご登壇いただいている先生に、影響を受けた・大切にしている一冊をお伺いします。講師プロフィールとはちょっと違った角度から先生方をご紹介します。
1.私をつくった一冊をご紹介ください
2.その本には、いつ、どのように出会いましたか?
大学3年生の夏、 取組んでいた私なりの景観論構築の合間に、中国の六朝・南北朝~唐・宋代の詩や詞の中での景観表現を探っていた時、晩唐の詩人李商隠の詩に出会いました。心のざらつきに気づかされ、落ち着きをもたらしてくれた本でした。人生の節目に、自然と手にしてしまう一冊です。
3.どのような内容ですか?
李商隠の詩は、歴史的な時空を超えて、現実と空想が混然一体となり、様々な事跡や想念を積重ねて紡ぎ出された詩。「錦瑟」、「楽遊原」、「夜雨 北に寄す」等々。虚構と現実の入り混じる世界を生きる私には、晩唐の詩人・李商隠の表現の豊かなイメージに彩られた寂しさと諦観は深く心にしみいります。高橋和巳の注が効果的です。
4.それは先生にとってどんな出会いでしたか?
大学の専門課程に進んで間もない頃に出会いました。景観保全や街並デザイン・計画を志向する欲や学術面での欲望は薄れて、自然と人間の営為の関係から形成される景観と真摯に向き合えるようになりました。景観の中に様々な人間の想いが交錯して生まれる豊かな文化の価値を見出す方向へと変化していきました。やがて40歳を過ぎる頃にはデザインや計画づくりへの欲望は消えていました。場所の価値を発掘して将来へ向けてプロデュースする方向へ舵を切っていました。李商隠の詩は、価値観の揺らぐ世の中に対処する上での心の平静さと鮮度を保つ効果を与えてくれます。最初の出会いから50年余、様々な局面で、今と向き合うエネルギーを蓄え直すきっかけをつくってくれる本です。
5.この作品をおすすめするとしたら?
合理的アプローチのいきづまりや様々な悩みの予兆が見え始めた時の精神と心の自由自在をリセットする常備薬にしている本の一つです。多彩で豊かな場所の力や創造性の源泉に興味のある人にお勧めです。難解ですが高橋和巳の注が助けてくれます。
- 横浜市芸術文化振興財団専務理事
- 慶應MCC登壇プログラム
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- agora講座 東京フィールドワーク【街と建築から日本の文化を考える】(2011年4月)
- 東京大学農学部緑地学研究室卒業。三菱地株式会社入社、地域環境計画、都市計画に従事。その後、横浜みなとみらい21&横浜ランドマークタワー事業、丸の内再構築計画&丸ビル建替え事業、丸の内の街ブランド施策&三菱一号館美術館開設などを担当。慶應義塾大学大学院アートマネジメント分野で数年間、アートと街づくりに関する講義を担当。また、2011年に慶應MCCでagora「東京フィールドワーク【街と建築から日本の文化を考える】」に講師登壇。
恵良 隆二(えら・りゅうじ)
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