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夕学レポート

2019年07月04日

連鎖の中で 田村次朗先生

田村次朗食物連鎖についてなぜそんなものがあるのか考えたことがあった。海中のプランクトンを小魚が食べ、もう少し大きな魚が小魚を食べ、さらにより大きな魚がそれを食べる。最後は人間が魚を食べる。そこで食物連鎖は終わるが最近はややこしくなっていてマイクロ・プラスチックが人間の体内で悪影響を及ぼすそうで連鎖はまだ続いていた。つまり良くも悪くもすべては関係し合いながら生きているということだ。食物連鎖を考え始めた時はそれがなければもっと気楽なのにと思ったけれど、同時にそれは何かを良くすれば波及することでもあることに気づいた。
田村次朗氏の講演を聞いてなぜこうしたことを思い出したのかというと、紹介されたロジャー・フィッシャー教授の研究目的が素晴らしかったからである。「平和学としての交渉学」。交渉をよく考えられがちな「勝ち負け」や「駆け引きのための作戦」としてではなく、平和学のための方法論としてとらえている。第二次世界大戦での犠牲がなぜ回避できなかったのかという問題意識から研究したそうだ。


田村氏は弁護士を例えに出し、法律の知識を与えることが良い弁護士なのではなく、大事なのはクライアントの問題解決ができる人でしょうと聴衆に問い掛ける。さらにその先を見たフィッシャー教授の研究目的が先に挙げた「平和学のための方法論」としての交渉学である。対話の重要性も挙げられた。
フィッシャー教授の交渉学の特徴は1.明確な目的(Purpose)、2.Perception(多角的な視点)、3.Problem Solving(問題解決にむけた優れた問題分析能力)、4.Proposition(受け入れ可能な提案作成力)、5.Process(問題に立ち向かい続ける持続性)の5つである。(以前から思っていたがこうした時に同一の頭文字になるのは偶然なのかそれとも提唱者が意識した結果なのだろうか。)
その極意は「立場から利害へ」。両者の問題を解決するWin-Win関係になる事だ。そのために上記の2から5がある。講演は詳細でありながら大変わかりやすいもので、1時間半の講演では不可能なほどの内容を無理なく紹介された。
ただレビューとしてはここで終わってはいけないのだろう。交渉するには土台となる共通の何かがなければかなり難しく、まったく話が噛み合わないことも当然ある。そのために前提となる一定の価値観を共有していなければならないはずで、国際間交渉において民主主義などはその典型的な価値観ではないかと思う。自由貿易なども同様かもしれない。それなのに日本は良くも悪くもハイ・コンテクスト社会であるがゆえに「暗黙の了解」が前提になってはいても、実は前提が共有されていないことが多いと指摘された。それでは交渉も対話もしづらいかもしれない。
組織レベルで考えてみれば、グローバルに活躍するコマツやユニ・チャームはそれぞれ「コマツウェイ」や「ユニ・チャームウェイ」という各社独自の理念をまとめたものを持ち、国内はもとより各国支社の現地社員とも価値観の共有を図り、決断時の指針として、あるいは問題があった時にそれを基盤にしながら解決に努めていると聞く。講演では同様の例としてジョンソン・エンド・ジョンソンのクレドが紹介された。
それでは相手が価値観の共有など到底できない、邪悪な「悪魔」だったらどうなるのだろう?これは交渉学の難問だが、現状維持での交渉で大きな破綻をきたさないようなコントールは可能で、感情を乗り越えて人への攻撃でなく問題を対象とすることが繰り返し説かれた。私は少し安心した。対話力や説得力を養うことによってメンバーの持つ意見(視点)を引き出す、それがリーダーシップなのだといわれる。よくあるのが組織の妙な力学が働き自由闊達にものがいえずに、さらに実際はなされていない暗黙の了解があるかのように皆が振舞ってしまうことだ。だからこそ良いリーダーシップ、「プル(引き出す)型」のリーダーシップが重要となる。
とはいえ落とし穴もありそうだ。価値観を共有するとしても「どこの」「誰の」価値観を共有するかでデファクト・スタンダードが握られてしまいそうだからである。ある価値観を後から受け入れた国や組織は追随するしかなくなってしまいそうに思える。恐らくこれはストーリー・テリングを提唱したマーシャル・ガンツ教授の意図しなかった所なのだろうけれど。共有した価値観の枠の中から出ることが困難になってしまうのではないか。その点はどうやって克服していくのだろう。懸念事項だ。
今回のリーダーシップ基礎教育論やその基礎力としての交渉学が「ハーバード流の」ということなら私達はアジア型、日本型の何かを持っているのだろうか。田村氏は近江商人の「三方よし」の対話力を挙げた。これは日本の交渉学であると。現場力を発揮して勝ち負けでない考え方のもとで価値を創造する。フィッシャーが提唱した「賢明な合意」を日本人は500年前から実践していた。「自分よし、相手よし、世間よし。」
ただの「日本ってすごい」に終わらず、それが連鎖の中で生きる私たちができる賢明なことになるのなら嬉しいことである。
太田美行

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