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夕学レポート

2017年10月05日

強い「I」 高岡本州さん

高岡本州創業社長とはとにかくエネルギーの塊だ。ゼロからすべてを作る人はすべてを引っ張り、自分の背に負う人である。常に意識を張り巡らせて普通の人なら見落としてしまいそうな機を逃さない。
エアウィーヴの高岡本州社長は厳密に言えば創業社長ではないかもしれないが、釣り糸製造の機械装置メーカーを叔父上から引き継いだ後に寝具メーカーに転換したことを考えると創業社長とほぼ同列に扱って良いだろう。浅田真央、錦織圭を起用したPRでご存知のあの寝具メーカーである。講演中、高岡社長はとにかくエネルギッシュに話し、動く。何を話すか?もちろん同社商品エアウィーヴのことだ。「会社への思い」とか「開発秘話」といった話ではなく、(企業ではなく商品の方の)エアウィーヴの特性、価値、ブランド構築の歴史である。すべてがエアウィーヴ、エアウィーヴ、エアウィーヴだ。


確かに魅力的な商品だ。人間は人生の約3分の1を寝て過ごす。しかもこのストレス社会、睡眠は快適で健康を支えるものであって欲しい。布団の上にエアウィーヴを敷くだけでそんな願いが叶ってしまう。寝返りは楽に、体圧は上手く分散され、夏には涼しく、冬には暖かく、さらには水洗いが可能という、便利なことこの上ない。このマットレスを一枚敷くだけですよ…。どうしてこんなにすごいのかって?それはですね、こんなに優れた技術があるんです…。聞いているうちに高岡社長によるインフォマーシャルか店頭販売を見ているような気がしてきたのはなぜだろう。何だか一枚欲しくなってきた。
一般には浅田真央を起用したことで一気に有名になった感があるが、もちろん実際はそれほど簡単ではない。着実な製品開発とブランディングとデータの蓄積があってのことだ。当初は広告によるブランドイメージ形成を狙うが、後発商品であるため市場での認知度は低く失敗した。
そこで広告からPR(一流による採用実績、テレビ・雑誌などでの紹介)に舵を切り、トップアスリート、高級旅館などの「一流」かつ「歴史ある」企業・組織への商品提供を行う。ここで巧みなのはブランドとは歴史であり、ストーリーであることをしっかりと認識してPR活動に活かしているところだ。例えば加賀屋旅館のように歴史のある所へ意識して供給する。そうすることで加賀屋旅館の持つ「35年日本一」の名が自動的にエアウィーヴにもつく。だからこそ「我々は歴史のない所に興味はない」とまで言い切れる。オペラ座バレエ学校やロイヤルバレエ学校への提供も同様だ。加賀屋旅館が歴史をイメージさせるなら、美のイメージを持つ世界最高峰のバレエ学校へ商品提供をすることで同社製品も美のイメージを連想させるようにブランドを作っていった。
また商品ラインナップは慎重にして少ない商品ラインから始め、認知度が高まってから徐々に増やし商品の理解を確実にしてもらうようにしたそうだ。ただしこれについては案外、設備拡大などが追い付かず、結果としてそうなっただけかもしれないと疑い深い私などは思ってもいるが。現実はそれほど公式通りにいかないことも多いので試行錯誤の結果、そうなったのかもしれない。とはいうものの、これは決してマイナスの評価ではない。仮に試行錯誤を数多くしたとしてもそれを修正して成功へ導いていったことに価値があり、失敗をしないことに価値があるのではない。
同社は睡眠研究についてスタンフォード大学医学部睡眠研究所と研究を実施しており、エアウィーヴは(後発企業ゆえ他社との差異化を図るべく)「世界中の人々に良質な睡眠を提供する」というミッションを持った価値創造企業を当初から意識し、そのための様々なデータを蓄積してきた。バレエ学校や世界的なテニススクール、高校の学生寮などの同社製品の提供先では「健康な若者の」データが容易に収集できる。同様のことを研究所や病院ですると数千万円規模になるそうだ。ブランドイメージだけでなく、情報収集にも役立っていたのだ。社長は言う、「製品はいつかコピーされるが、データとブランドはコピーされない。」講演中、同社で開発した睡眠アプリが紹介された。無料でダウンロードできて利用者の睡眠具合が測れるという。これは便利…いや、これもデータ収集の一環かもしれない。ここでなら一気に健康なビジネスマンのデータ収集ができるし。いやいや誠に抜け目がない。
EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー2016ジャパン代表として同社は表彰されるが、ここで高岡社長は「チームワークが大事」といっているグローバルリーダー達が一方で、突破する時には「We(私達)」ではなく、「I(私)」を使うということに気づいた。「私は決断する」というように。これは非常に面白い。そこで私は質問した。「伸びる社員はどういう『I』か。トップアスリートはどういう『I』の人達か。」高岡社長は「伸びる」ではなく「強い」社員とした上で「ミッションに共鳴して入社する人。製造業なのでコツコツ型」といい、トップアスリートなら「感謝の心を持って、それが自然に出る人。そして強い『I』を持っていて『私はこうやりたい』とそれを口に出して行動する人」だという。高岡社長もまたコツコツと製造業の地盤固めをし、リーダーとして突破もした強い「I」の人だ。
本講演は聴衆にとってブランドマーケティングの学びの機会であり、一方講師にとってはマーケティングの機会でもあり、それを見ている聴衆にとってはそれがさらなる学びとなる多重構造の、マーケティングをしたりされたりの生きた講演だった。
太田美行

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