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夕学レポート

2017年12月18日

「トンデモナイ国」? 礒﨑 敦仁先生

photo_instructor_908.jpg北朝鮮問題を語る時は冷静さや論理性と同時に品性を問われるような気持ちがする。一般的に日本で知られている北朝鮮のイメージはどういったものだろう。3代に渡る独裁国家、拉致問題、ミサイル、経済制裁、食糧危機、脱北者、日本海沖での違法操業、国家トップの事はすべて礼讃される報道、独特の抑揚をつけてニュースを読み上げる愛国的なアナウンサー・・・、このようなイメージの「トンデモナイ国」ではないか。この問題は感情と結びつきやすい。拉致問題は言うまでもなく解決されるべきであるし、ミサイルに飛んでこられては困る。違法操業に漁師たちが怒るのも当然だ。最後の2項目についてはつい上から目線の失笑的なものを含んだ口調で語りやすい。
礒﨑敦仁先生はこれまで散々遭遇してきたに違いないそうした状況を踏まえてか、「北朝鮮を研究していると言うと『お前は北朝鮮が好きなんだろう』と言われますがそうではありません。相手の論理を理解しても納得しなくていい。しかし相手の論理を理解しなければ危険です」と冷静な発言を講演初めにされた。講演も各種資料やデータを基にした大変論理的で緻密なものだ。


入国そして現地調査がままならぬ神秘の国の分析とはどのようにして行うのだろう?その分析手法に誰しも興味が湧く。何しろ入国者一人につき「最低2名以上のガイドがつく」国だ。メディア・コントロールもなかなか上手で、毎年報道陣のいずれか一社にはビザが下りない。それにより次回入国のビザのために自粛した報道を各社に促す効果を生む。礒﨑先生は衛星画像分析、脱北者・亡命者からの聴取、『労働新聞』の分析など「ジグソーパズルを集めるように」断片的な情報を収集し、そしてクロスチェックをする。根気と分析力のみならず発想力や想像力まで必要とされそうな仕事だ。
核・ミサイル開発の目的について、以前はミサイル発射時に防衛長官が答えるレベルのものを今は安倍首相自らが(改憲のため)答えているとの日本分析も面白い。北朝鮮の対外的な目的は、中東(リビア・カダフィ体制が核放棄をしたことにより「アラブの春」以降、米国を含むNATOの攻撃を受け崩壊)からの教訓であり、米国への抑止力である。国内的には経験・業績不足の金正恩氏の権威づけであり、現在は米国本土に届くICBM(大陸間弾道ミサイル)の成功により、開発は一段落したと考えているそうだ。
礒﨑先生は「アラブの春」に関して「中東では国内移動の自由があったということに驚きました」と言うが、どういう意味だろう? それは北朝鮮体制が崩壊しないことに繋がっている。通信のみならず移動も相当制限されていて「他県への出張申請」をして厳重な荷物検査後にしか移動できないそうでこれには驚いた。これでは暴動やデモなどは各地に広がらない。食糧危機は90年代に比べれば改善され、とりあえずは食べられる。「識字率約100%、12年間義務教育」、「偉大なる領導者金正日同志が配慮して下さった贈り物」の学校での支給による教化、成人後も労働新聞を読むことが義務付けられる結果、何か事を起こしてもそれが最終的にはどういうことになるかをわかっているために「積極的でなくても消極的な支持は一応得られる。」そして東欧と大きく異なる連座制の存在。
軍などによるクーデターが起きない理由については徹底した縦割り行政で横の連携が取れないようにしていると「誉めている訳ではありませんが」と前置きした上で、「巧みな」行政手法だと評した。北朝鮮のこのような行政手法は誰がどのようにして組み立てたのだろう。その時々の必要に応じて生まれたのか、それともよほど歴史に学んだ人物がいたのか気になる。先日、ニュース番組で塩野七生氏がトランプ米大統領のことを「歴史のお勉強をあまりしてこなかったのではないか」と述べていたのを思い出した。まったくもって同感である。歴史は人々が生きて学んできた歩みであり、それを学べば見えることがあるはずだ。
後半は周辺国との国際的な連携が必要であるのに上手くできていないことを各国別の分析と共に紹介。それでも日本でのアンケートを見ると読売新聞と朝日新聞の双方のアンケートでは北朝鮮との向き合い方に「対話」を選択した人がそれぞれ38%と45%いるとの結果に、礒﨑先生は驚いたと同時に「健全な社会だと思う」との感想を述べ講演は終了した。
講演中、礒﨑先生は何度か「一瞬だけを切り取られるのが怖い」と注意を喚起した。インタビューを受け数十分間説明してもテレビで流されるのは北朝鮮論脅威論だけなど、報道のあり方に疑問を呈する。ミサイルの脅威は19年前のテポドンの頃から変わらずにある。しかし今、ことさらに北朝鮮脅威論が流されている。資料精査をすれば4月の最高人民会議と閲兵式、金正恩の演説がなかったこと、幹部の演説、外交委員会の復活など、前述のように一段落した、あるいは現在北朝鮮が慎重に動いていることが判るのにだ。「トンデモナイ国」が実は対外的にも国内統制も巧みに動いている。こちらはそれをどう受け止めるか。
感情的になることの危険性は、そこから先の思考が停止してしまうことだ。礒﨑先生もこの点を認識していればこそ、論理的、理性的になるようにと訴えているのだろう。北朝鮮分析をしているはずなのに最後に浮かび上がってきたのは「北朝鮮脅威論」を国内で作り上げ、怯えて感情的になりつつある日本の姿のように思える。何とも皮肉なことだ。日本が「トンデモナイ国」にならず「健全さ」をもつ国であり続けることを切に願う。
(太田 美行)

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