夕学レポート
2019年04月22日
生き切る 細川晋輔さん
「禅とは捨てる修行」だとよく聞くので何を捨てるのかずっと考えていた。断捨離とは違うらしい。では長年の間に培ってしまった思い込みの類だろうか。はたまたつまらぬこだわりのことだろうか。あれこれ考えていたけれど、「これが」というものに確信を持つには至っていなかった。細川晋輔氏の講演で私はこの問いへの答えの一つを見出せたように思う。
「雲水日記」という誠に可愛らしくユーモア溢れる絵を用いながら、私達にはなかなか窺い知ることのできない修行僧の生活が細かく紹介された。故郷を旅立ち修行道場への入門を乞う図、庭詰め、先輩僧への挨拶、托鉢、畑仕事、座禅、禅問答など。絵があまりに可愛らしくて見過ごされそうだが日常生活は当然のことながら大変厳しそうで規則的だ。細川氏がこれでもかというほど微に入り細に入り日常生活の説明をするのを聞いて、私にはそれが「修行僧の生活とは『超人』になるためのものではありません」と言っているように思えてきた。型にはまった同じ生活を繰り返すことで感覚を研ぎ澄まし、自分のなすべきことに集中して、その成果を試される。毎日毎日。それが目的のように思える。
以前テレビで紹介されたイタリア在住の日本人デザイナーのことが思い出された。工業デザイナーであるその人は「デザインを生み出すため心の状態を常に一定に保っていたいから」と、着る服はいつも同じデザインと色で(同じものを何着も所有している)、部屋も模様替えは一切しないとかなり徹底した生活をしている。かのイチローも毎日昼食は同じカレーを食べているとテレビで見たことがあったが、いずれにも同じものを感じる。
もう一つ私が連想したのは受験生の生活だ。日々の誘惑を遠ざけ規則的なリズムの生活をしてひたすら勉強、そして日々の成果が都度試される小テスト。目的はただ一つ。志望校合格である。「去る者は追わず来る者は拒まず」という本人の自主性が問われるのも同様だ。細川氏は生家がお寺であったため後を継ぐため修行生活に入ったが途中で同期の死に接し、修行をすることで「死とは何か」をわかるヒントがあるのではないかと思った。そこで「やらされる修行」から自ら「やる修行」へと変化したそうだ。最低3年間の修行の後も僧堂に残ることに決め最終的に9年間の修行生活を送る。このような生活の中で細川氏が気づいたことはとてもシンプルで、「日本には四季があり、それぞれに旬がある」「(この当たり前のことが)当たり前とは有り難い」「当たり前とは奇跡の積み重ね」というものである。
禅問答を日々繰り返した結果なのだろうか、この言葉はご本人が言うようにシンプルではあるものの自身の経験や自分の頭できちんと考えたことが自分の言葉で表現されているのが伝わり、素晴らしいと思った。だからここまで具体的なのだろう。逆のケースは最近至る所で見かけるけれどその特徴は往々にして抽象的で大言壮語風のことが多いのだ。さらによくある最近の風潮は、何かに費やした時間の見返りとしての金銭・技術・名誉・立場を求めることで、これはある種自然なことではあるけれど細川氏も指摘するように何かを素直に楽しむということが忘れがちになる危険性はある。
「何かを得るため」ではなく、坐禅は「何かを捨てるため」に存在するものだと細川氏は言う。いわば「心のゴミ捨て場」だと。悪かったことだけでなく、良かったことも捨てなければいけない。それらに引きずられないために。悪かったことが嫌な記憶となって心を蝕むことに異論の余地がないが、良かったこともその成功体験に引きずられないために捨てなければならないことには驚く人もいるだろう。今に集中して生きるためには過去も未来もとらわれないように捨てる。過去に未来にもとらわれず、嬉しい時には嬉しい方向へ、悲しい時は悲しい方向へ振れ幅が揺れてもいい。そこからまたもとに戻ればいいのだ。頑なな「人生の信念」ならいらない。五重塔の中にある心柱は揺れに対してまったく動かないのではない。地震などの時にうまく軋めることが真の頑丈さの源だという例えを出された。
自分の目を変えてみれば三分咲きの桜でもきれいに見える。満開でなくても幸せになれる。実際三分咲きにはその美しさがあるのだし。よく知られた「天上天下唯我独尊」の言葉も紹介される。「自分というものがいかに尊い存在かに気づいたのなら、隣の人も同じくらい尊い存在ということに気づける」と。それをさらに発展させれば自分の存在の尊さに気づいたのなら人と比べる必要もないはずで、自分自身の人生を自信をもって生きることができるのではないか。
良いことにも悪いことにも、過去にも未来にも引きずられず、世間的なものや見栄にも引きずられず、自分自身の人生を生き切ることができたら本当に幸せだ。そうですよね?お釈迦様。
太田美行
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