夕学レポート
2019年10月21日
土屋 哲雄「ワークマンのビジネス変革と市場戦略」
“二毛作”で新たなブルーオーシャンへ
先日、国内アパレル大手が600店もの閉店をいきなり発表し、世間に衝撃が走った。ここに来て海外発のファストファッションブランド各社も軒並み苦戦、そのうちの1社は先月とうとう破産した。アパレルはもうダメなんじゃないか…そんな空気をよそに、ひとり快進撃を続けるのが株式会社ワークマンだ。
ワークマンといえば知る人ぞ知るガテン系の御用達ブランドだが、このところたびたびSNSで話題になっているのは気になっていた。1カ月ほど前にはテレビから「ワークマンがファッションショーを…」というナレーションが聞こえたので、『え?作業服屋がファッションショー?』と疑問に思って画面に目をやると、屋内というのに容赦のない雨風がモデルたちをグシャグシャに翻弄するステージの様子が映っていて、唖然とした。
ショーのプロデューサーとしてインタビューに答えていたのは、およそファッションメーカーのディレクターにも作業服屋のオヤジにも見えない、丸ノ内の商社マンみたいな風貌に何故かカラフルなジャンパーを着込んだ男性だった。思えばそれが株式会社ワークマンの土屋哲雄専務取締役だったのだ。今夜もブルーグレーの柄のジャンパーを着込んでの登壇だ。
冒頭の紹介を聞いて納得した。まさに見かけ通り、土屋専務は三井物産出身。電子機器の開発や海外子会社の社長等を経て60歳でワークマンに転進したという。
岩盤の固定客層を持つ超安定企業
ワークマンは創業39年、一貫して作業服業界のトップシェアを占め続ける超安定企業だ。顧客もバリューチェーンも長年安定していて、まさにブルーオーシャンを悠然と進んでいる。土屋専務が創業オーナーからヘッドハントされた時も「何も問題ない会社だからチェック&バランスだけ見ててくれれば」と誘われたという。そこで入社後はのんびり過ごしていた。
ところが2年ほど経った頃、土屋専務の中の”開拓魂”が突如として覚醒した。三井高利以来の”物産のDNA”だったのかもしれない。「作業服市場は取り尽くして飽和状態だ。この会社、次はどうするんだろう? ネット通販が急成長している中、成長を止めていていいのか?」と考えるようになったという。圧倒的な強みを足がかりに、いかに第2のブルーオーシャン市場を創出するか。安定している”固定客”に、クロスセルでもっと”別の製品”を売って行くのか…。
言うまでもなくワークマンの固定客は建設現場等で働くプロ作業員だ。かつてのように元請けのゼネコンが協力工務店のスタッフにまで作業服を支給する制度がなくなった昨今、作業員は自前で作業服を用意する必要がある。そうしたニーズに対し、高品質かつ低価格の製品を豊富に揃えることで、ワークマンは岩盤の固定客層を維持し続けてきた。
そんな折しもちょっとした情報が土屋専務の耳に入る。アウトドア・マニアの一部がワークマンの作業服を便利に使っているらしい、というのだ。「これだ」と思った。そこでクロスセルの逆をやることにした。”同じ製品”を”別の客”にも売って行くのだ。
アウトドアウェアには有名ブランドがひしめき、過酷な状況にも耐える高機能を付加しているため、どこも数万円という高価格帯だ。しかしワークマンのウェアは驚くほど安い。シャツや靴下は数百円だし、高機能のアウターでも上下セットで3000円代からある。そうした既存製品を、既存のプロ顧客以外の一般客に対し「低価格のアウトドアウェア」として売り出す。これが「中期業態変革ビジョン」の柱として打ち出された。2014年9月のことだ。
UXを変えて従来製品を一般客に売る
ビジョン実現に向けて行った業界調査とヒアリングは、「アウトドアウェア業界はブランドメーカーの寡占状態で参入は難しい」という結果だった。しかし、アパレル市場を[高価格←→普及価格]と[デザイン性←→機能性]の2軸でマッピングすると、機能性と普及価格で囲まれた象限がぽっかりと空白で、4000億円の市場が手つかずだということも分かった。この業界では無名のワークマンが認知されるまでの”苦節10年、3年間の赤字”を覚悟のあえての挑戦だ。
まず作業服をスタイリッシュ化し、同じ物を一般客にも売るためUXを変更して有力ショッピングモールに旗艦店を出店、そこで話題を取って既存店に一般客を送り込む、という戦略を立てた。
最初のビジョン発表からちょうど丸4年経った2018年9月、満を持して新業態WORKMAN Plusの1号店「ららぽーと立川立飛店」が開店した。この4年間は単にハード面の準備をしていただけではない。徹底したデータ経営の実現に向け、BIシステムの稼働や全社員向けデータ分析講習を行い、並行して周到なアンバサダーマーケティングを仕掛けていたのだ。また土屋専務みずから「第2のユニクロを目指すんだ」と現場を鼓舞して回った。商品開発担当も営業担当もそれを聞いて目を輝かせ、社内の気運は最高潮に高まっていた。
その甲斐あって、苦節10年どころかたちまち大人気になり、3カ月後には日経トレンディの「2019年ヒット予測」で1位に選ばれるなど、世間の話題をさらった。
アンバサダーと「#ワークマン女子」
ワークマンのアンバサダーマーケティングとは、いわゆるレピュテーションマーケティングだ。各ジャンルのNo.1インフルエンサー20名ほどをアンバサダーと設定し、彼女らに向けて新製品発表を行ってSNSやブログで評価してもらうだけでなく、実際に開発にも参加してもらいコラボ製品を企画。そうした中から「キャンプをする女性にも着やすいフルジッパー仕様に改良した溶接工用ヤッケ」などの新コンセプトが次々誕生した。
インフルエンサーたちの発信に一般客が呼応して動き、その動きに目をつけたマスコミが報じ、SNSをあまりやらない層までをも巻き込む。こうした好循環が回り始めた。
このアンバサダーマーケティングによりSNS上の「#ワークマン女子」というキーワードも知れ渡り、おしゃれな新業態店からガテン系御用達の既存店へと、一般客がどんどん流入し始めた。既存店は店頭在庫重視の圧縮陳列だが、これがかえって「宝探し的な面白さがある」と一般客を魅了する。
こうして既存製品をこれまでとは違う客層に売ることに成功。売上は20/3期第1四半期で133%増加した。心配された既存のプロ客の離反も、「朝夕はプロ客、昼間と休日は一般客」という棲み分けが自然となされた。
時の運と二毛作
データ経営やマーケティングの詳細についてはここでは書ききれないので、興味のある方はビジネス誌等でご確認いただくとして、本日の講演で印象的だった点を2つ挙げたい。
1つ目は、時代が味方した強運。アパレル市場ではかつて「質も価格も高くて良いブランド物を何年か着る」という価値観が優勢だったのが、ファストファッションの登場により「質も価格も低く流行性の高い物を1年で使い捨てる」という価値観に塗り替えられた。それが昨今のサステナビリティ意識の高まりにより、「質がよく丈夫な物を安く買い、長く着続ける」という価値観が主流となって来た。こうした価値観にぴったりのワークマン製品が運良く一般客の目につく所に現れたのだ。もちろん戦略勝ちなのだが、時代が違えばワークマン製品がここまで一般客の心を掴むことはできなかっただろう。
2つ目は、土屋専務の生き方だ。還暦という節目で、大企業での多彩な経験を買われて中小企業へ転職。移籍時にオーナーに言われた通り、のんびりとご意見番をやっているだけでも期待に応えることになったはずだ。しかしあえて火中の栗を拾い、全く未踏の市場へ(なにしろ前職は電子機器や情報システムを扱う商社マンだったのだ)開拓者として踏み入り陣頭指揮に立った。
人生100年時代、60歳はまだまだ若い。十分にあと一仕事できる年齢だ。大企業をリタイアした有能な人材が中小企業に移籍し、培われた大局観と行動力をもってブルーオーシャンへの水先案内人を務めるという生き方は、いかにもカッコいい。
中小企業側のメリットだけではない。確かに土屋専務は商社時代に多くの業績を残したが、個人としてここまで注目を浴びたことはなかったはずだ。新天地でビジネスマン人生に金字塔を建てたといえよう。
プロ用ウェアを一般客にも売る二毛作化、同じ店舗を時間帯によって客に棲み分けさせる二毛作化、そして自分の人生も二毛作化させた土屋専務。しかも二毛作目の実りはいずれも豊作となった。このほど「マーケター・オブ・ザ・イヤー2019」に選ばれた土屋専務は、何より自身のマーケティングに長けていたのかもしれない。
(三代貴子)
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