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夕学レポート

2020年01月27日

庄司 克宏「欧州統合は「脱EU」と「奪EU」に勝てるか?―ブレグジットとポピュリズム」

ブレグジットとポピュリズム―ポピュリズムはなぜ生まれて、どうしたら解消できるのか―

庄司 克宏慶應義塾大学大学院法務研究科の庄司克宏教授が、EUにおけるポピュリズム台頭やブレグジットが起こった要因の一つとなった、EUの政治的統治構造について、詳しく丁寧に解説してくださった。欧州におけるポピュリストの不満は、EU域内において、人が自由に行き来できる原則を持っていること、またその原則構造に対し、各国が独立して別の選択をする余地があまりない点にある。庄司先生は、EUから離脱をして、自国の民主主義に基づく政策を推進しようとする英国を「脱EU」派と呼び、EU域内に加盟国としてとどまりながら、ポピュリズムの影響力を拡大しようとする勢力のことを「奪EU」派と呼んだ。後者には、ポーランド・ハンガリーなどのポピュリスト政党が含まれる。
欧州統合の父とも呼ばれるフランスの政治家ジャン・モネは、EUの成立契機を、横暴なナショナリズムが主導した第二次世界大戦に対する反省、と表現している。つまり、そもそも狂犬な国の力を抑え込み、公正無私なテクノクラート(EUコミッション=欧州委員会)に立法発議の主権移譲をすることがEU設立の目的だった。そして、EUでは、域内を単一の市場とみなして、原則として、域内の人・物・サービス・資本は自由に移動できること、となった。国境管理、難民問題、環境政策、単一通貨、対外政策がEUの対象政策分野となる。


しかし、アイルランドの政治学者ピーター・メアは、このようなEUの原則的構造により、西欧民主主義が空洞化したと指摘する。なぜなら、各国家の法律よりもEU法は優先され、国内では、EUの政治方針が基本路線となるからである。
この構造により、国民のためになるものの、不人気な政策立案をEUの役人に任せて、国内の不満はEUのせいにすることで、国内安定を図ることができるという見方もある。しかし、立法発議権はEUコミッションの役人にしかない。また、その発議を可決するEU理事会と議会は、各国の首脳、あるいは各国市民が選挙で選んだ、多数派を代表する議員から成る。つまり、EUの立法・政策決定過程においては、EU市民の少数派の意見は極めて反映されにくい構造となっているのだ。EU議会に野党は存在しない。
ここで、EU域内の少数派の意見や野党の意見を反映させたいとして、特に、EU域内の移民の流入と、域内の比較的貧しい国の市民の自由な移住に反対するポピュリストが誕生した。結果、英国は自国の民主主義によって国家を統治するために離脱を選んだ。そして、移民に限らずとも、様々な争点において、EU主流派と意見を分かつ、ポーランド・ハンガリーなどの反リベラル・デモクラシーの「奪EU」が勃興した。
英国にはポーランドからの移民が流入しており、ポピュリストたちはその点を特に忌み嫌った。そして、EUルールによる人の移動の自由から逃れるためには、EUを離脱しなくてはならないという結論に達する。2015年になんとか保守党の勢力を守ろうとしたキャメロン首相が、増加していた移民嫌いの民意に配慮し、離脱の是非を問う国民投票を選挙公約に掲げたことが岐路となり、英国は離脱の道を進むことになる。関税規定や流通を許可する物品の品質に関する規定(環境負荷や安全基準)をEUと個別新規に締結し、現在と同様の条件を確保したい一方、国境を自国の望む通り管理し、EU分担金の負担を減らすなどの独自路線は維持したいというのが、ジョンソン首相の方針である。2020年末までの移行期間に上記すべての規定が成立するとは予測されておらず、部分離脱と協議延長が見通されている。
ポーランド・ハンガリーなどの反リベラル・デモクラシーの派閥は、個別国内で政権を保持している。例えば、ポーランドの「法と正義」やハンガリーのオルバン首相などである。彼らはEU議会及び理事会に代表として参加し、政策や人事に対する意見表明を通じて、EU政策への影響力を行使しようとしている。他方で、現時点では、EU議会においてポピュリスト政党出身者が多数を占める状況ではなく、各国ポピュリスト政党も最も個別政策に対する立場がそれぞれ異なることから、彼らが一枚岩になることも簡単ではない。
2019年末、EUコミッション委員長にドイツのフォン・デア・ライエン氏が就任した。フォン・デア・ライエン氏の就任にあたっては、ポピュリスト政党も賛成を表明し、EU議会のかろうじて過半票を獲得した。ここで、ポピュリスト政党からの支持がなければ、選任されなかったことを考えると、委員長は若干ポピュリスト政党に配慮した政策を推し進める必要がでてくる。
このようにEUはその成立のきっかけとなったナショナリズム台頭の課題に、再び直面している。庄司先生は、山積する課題の中でも、やはり移民問題の解決が鍵となることを示唆された。私見では、この移民問題を引き起こしたのは、まず、暴利をむさぼり格差を増大させた大企業や、資本投資に対する過度な優遇策を講じる政治家であると思う。働き口を求めて移民するポーランド人やメキシコ人がその被害者である。また、戦争の火種を作った権力者や、その火種に乗じた軍需産業・その支援を受ける政治家である。シリアからのキャラバンに参加した人々が移民となったきっかけは内戦である。最後に、気候変動を引き起こす石炭火力を中心としたエネルギー多消費産業と排出を許可する政治家と政府である。シリア難民は気候変動による干ばつで、自国からの脱出を余儀なくされたという説もある。
格差是正となる経済政策、戦争の撲滅に向けた安全保障政策、そして炭素税などの経済的レバレッジを活用した気候変動政策。どれも現在開催されているダボス会議で議論されている最重要課題である。大気に国境はなく、経済市場はグローバル化されていることを考えれば、私たちが日々の暮らしや、投票行動を通じて、移民問題を解決する一歩となるかもしれない。ポピュリズムのからくりを理解すると、この問題が自分ゴト化する道筋が見えてくる。
(沙織)

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