夕学レポート
2014年11月11日
柳川 範之「40歳からの会社に頼らない働き方」
柳川氏は冒頭、産業構造の急速な変化によってもたらされる厳しい現実を私たちに突き付けます。
「20年後に、会社が今と同じように存続していると自信を持っていえますか?」
「20年後も、今のスキルが通用すると、自信を持っていえますか?」
近年、産業構造変化のスピードが加速化しています。加速化の要因となっているのはITの進展です。ITの進展は当然他の産業に影響を与えますので、結果として産業全体の構造変化も加速しているのです。
ところが、この産業構造変化のスピードに日本の雇用システムが追いついていません。その背景には、「長期雇用」を前提とした日本の雇用システムがあります。つまり、世代が入れ替わるスピードでしか産業構造変化への調整ができないのです。
現在、能力や技能の陳腐化は世界的に起きています。世界全体の4分の3が構造的失業、つまり、需要にマッチした能力が供給されていないための失業だと推定されているそうです。働く側から言えば、新たに必要となった能力、技能がないため、仕事に就けないということです。
柳川氏はわかりやすい例として、高技能のタイピストを抱えている村を挙げました。いわゆる機械式の「タイプライター」を用いてのタイピングは高度なスキルが求められ、かっては花形の職業のひとつでした。しかし、パソコン、ワープロが普及した今、どんなに高いタイプライターのスキルを有していたとしても、もはやタイピストとしての仕事はありません。したがって、タイピストのいるこの村は、仕事を通じて生活の糧を得ることができないのです。同じようなことが現在、様々な業界で起きていると柳川氏は説きます。
また、人口動態の変化も大きな影響を与えています。日本では少子高齢化による人口減少が進行しています。これは働くことのできる人々、すなわち「生産年齢人口」の減少をもたらし、将来的には、今の社会保障水準を維持することが不可能とみなされています。また企業にとって「働き手」が減っていくという状況に直面するのです。
一方で、新興国では政治経済面になんらかのリスクを抱えているものの、一定の経済成長が見込まれており、中間所得層の増大が起きています。そして、新興国の労働者の技能、能力も高まりつつあるのです。柳川氏のお父様は、マレーシアのボルネオ島にある高級リゾート地、コナキタバルに移住されているそうです。ボルネオ島というと「ジャングル」というイメージがありますが、こうした土地でも学校教育は英語で行われており、テレビではBBCやCNNの英語放送が流れています。そして、小さいころから英語に慣れ親しんだ現地の子供たちは、大学はオーストラリアやイギリスの大学に行くのだそうです。こうして新興国で生み出される、英語が堪能で優れた能力や技能を持つ人材とも伍していかなければならないのが日本の労働者です。
このような厳しい状況を、日本はどのように対処すべきなのでしょうか?
柳川氏は、「少子化対策」は時間を要することであり当面は間に合わない。また、労働力不足を移民受け入れによって補うのはある程度は推進しなければならないが、社会的な軋轢が大きいことから慎重に取り組む必要があると考えています。したがって「既存の人材をより生かし、生産性を高めていくしかない」というのが柳川氏の基本的な考え方です。
柳川氏によれば、実はまだ十分に活用できていない人材が多数存在しています。若者、女性、高齢者、失業者などです。彼らを含め、さらに生産性をあげていくために必要なのは、それぞれの人材の能力を高めることであり、またそれぞれの能力が適切に活かせる場所で働けること=適材適所を実現することです。私たちの寿命は伸びていますから、継続的に新しい技能や知識を再習得することが必要になっているのです。
柳川氏は、構造変化に合わせてスキルや能力を再習得することを、もっと柔軟かつ大胆に行わないと日本企業は生き残れないと考えています。M&Aで必要な人材を会社ごと手に入れるという代替案もありますが、単純に新しい人材を外から持ってくるだけでは、元からいた人材が活きません。日本企業として様々な能力開発施策を展開しなければならないと、柳川氏は説くのです。
従来の人事異動や教育訓練、新卒採用といった日本企業の人材活用の仕組みは、国際競争にさらされている今、限界が来ています。また、もはや企業は、従業員の雇用の安定、安心を提供できなくなっています。雇用を守ろうとすれば競争に負け、倒産するしかないですし、倒産してしまえばそもそも雇用も失われます。
こうした現実を踏まえ、柳川氏はすべてを企業に頼らない仕組みの再構築を提唱します。働き方、学び方の再構築、そしてコミュニティやアイデンティティの再構築も必要です。
柳川氏が提唱する「新しい働き方」の基本は、いくつになっても、一つの会社に縛られずに働ける、またいくつになっても新たな能力開発、教育を受ける機会が会社以外のところで確保されていることです。これにより、労働者はいくつになっても、様々なチャレンジができるようになりますし、能力、技能、そして年齢に合った働き方、場所を見つけることが可能になるのです。
大事なことは一つの会社に縛られることなく、多様性のある働き方ができるようになることです。柳川氏は「人生を三毛作で生きる」と表現されていますが、一般の事業会社だけでなく、ベンチャービジネス、NPO、NGOで働いたり、子育て・介護のために仕事を一時中断してもその後にまた再開できること、高齢者になっても十分に能力が発揮できる仕事に就けるといった社会が望ましいのです。
では具体的にどのように新たな知識や能力を身につけたらいいのでしょうか?柳川氏は具体的な手順を示してくれました。いきなり今の会社を辞めるのではなく、「副業」的に取り組むことを柳川氏は推奨します。本業を持ちつつサブとして取り組むわけですから、無理にリスクを取る必要はありません。ビジネスとして成り立つ可能性が高まってきたら、本業から重点を少しずつ移していけばよいのです。
サブの仕事を作るための第1のステップは、起業や転職を目指す仲間を見つけることです。1人だとなかなか踏み出すことができませんが、仲間と一緒ならお互いに励ましあえるからです。そして、仲間と組んだチームを会社に見立て「バーチャルカンパニー」として活動し、理想的には起業してリアルな会社を目指すのです。
仮にバーチャルカンパニーが実現できなくても、目指すことに意義があると柳川氏は考えています。なぜなら、自分たちの能力、市場性を客観的に評価したり、考えたりするきっかけになるからです。そのためにも、会社としてやっていくためには「何が足りないのか」「どういう人が必要か」を考えることが大切です。柳川氏は本業以外に、バーチャルカンパニーの「名刺」を持つことも勧めます。名刺を持ち、出会う人に渡すことによって新たな仲間作りにつながるかもしれないからです。
第2のステップは、バーチャルカンパニーで具体的に何をやるかですが、ポイントはバーチャルカンパニーを通じた能力開発であり、事業計画をちゃんと作成することです。これは、転職・起業の練習をしていることになるからです。新たなアイディアや事業に取り組むバーチャルカンパニーでは、おそらくこれまで自分が培った技術や能力はあまり役に立ちません。必要な能力を1-2年かけて開発していく心構えを持ち、原石として眠っているであろう自分の能力を磨いて、「宝石」にしようとする意欲が求められるのです。
柳川氏はまた、「転職はチームですべき」という大胆な提案もしています。通常業務の多くはチームで行っているにも関わらず、転職は個人単位で行われるものです。しかし、バーチャルカンパニーとして丸ごと転職(M&A)されるということも有効ではないかと柳川氏は考えているのです。
柳川氏は、40代、50代でもまだまだいろいろなことをやるチャンスも能力もあるから、「先が見えた」などと思わないこと。今の会社の価値基準を捨てて新たなチャレンジをしてほしいとエールを送ってくれました。会社で評価されないことは、能力がないことではないし、逆に、会社で評価されていることは、能力があることの証明ではないのです。
また、寿命が延びた今、60代、70代の人たちもまだまだ元気ですし、彼らの活力をもっと生かすべきだと柳川氏は主張します。多少体力が衰えているかもしれませんが、毎日会社に出勤しなくてもよい働き方が、ネットの発展によって可能になっています。ITを活用し、新しい社会的起業のあり方を自分たちでつくっていくべきだと考えています。
一方、会社に対しては、副業を積極的に認め、従業員のバーチャルカンパニーを支援すべきだと柳川氏は考えています。その理由は、終身雇用を保障できない以上、会社を辞めても生きていける能力を従業員に身につけさせるのは会社の義務であるからというのが一つ。もう一つの理由は、外でも通用する知識や能力は本業でも大きなプラスになるからです。
また転職を後押しするような仕組みづくりも必要だと柳川氏は主張します。大企業の経験をもつ人材を求めている中堅、中小企業が多いからです。辞めるリスクが大きいと判断して大企業を離れる人が少ない現状は、雇用のミスマッチを生み出しています。したがって、もっと前向きな転職が可能になる仕掛けを企業側からも考えて欲しいと、柳川氏は考えているのです。
本講演は、産業構造変化のスピードが速く、またグローバルな競争に巻き込まれている日本での新しいキャリアの作り方を学ぶよい機会となりました。
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