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夕学レポート

2019年07月03日

海外の真実をとらえ、日本の針路を決める 堤 未果さん

堤未果「ジャーナリズムは、人々に真実を伝えることで、巨大な権力の悪行を暴くことだけでなく、誇るべき状況を共有できるようにしなくてはいけない。」堤未果さんが、同じくジャーナリストのお父さんから受け継いだ言葉である。堤さんは、医療・農業・水産業等の日本の安全保障や人の命にかかわる重要な産業は、常に平等に且つ安価に人々へ配分されるよう、適切な運営と行政による管理が必要であることを、多くの国や地域の失敗事例から導き出してくれた。まさに、海外で起きている真実を伝えることで、多くの権力がもたらす悪行を教えてくれた。また同様に、日本が誇るべきシステムや社会の在り方を認識させてくれた。


堤さん曰く、政府が人々に知らせたくない法案が可決されたときは、テレビのニュースが別の問題をさんざん報道させるように、メディアを誘導しているという。例えば、トランプ大統領が国賓として招待された際には、日米の高官が米国農産品の輸入の取り決めに関する重要な議論を行っていたが、この議論に関する報道は少なかった。
また2018年春先に、地域に合った米、麦、大豆の原種生産を国が担保することを規定した種子法(主要農作物種子法)が廃止されたが、この時期、報道の多くは朝から晩までモリカケ問題でもちきりであった。
種子法とは、地元の農家を支えてきた良質な農産品の種の生産と普及に関して、国が責任を持つことを規定した法律であった。政府は種子法に基づき、自治体が種子を管理し継続的に開発するための予算を確保してきた。しかし、モリカケ問題の最中に種子法は廃止され、国の予算確保は必須ではなくなった。そのため種子の開発を担保できない自治体には、海外からの安価な遺伝子組み換え種子が入ってくるのではないか懸念されている。
今後の爆発的人口増加予測に伴い、農業は、投資家の投機の対象として魅力的な産業となった。資本主義の大きな歯車に組み込まれ、効率と利益最大化を狙う巨大農業資本が家族農業を吸収し、遺伝子組み換えや農薬の開発などを推し進めてきた。堤さんはイラク戦争の真の目的の一つは種の破壊であると言及した。イラクは元来農業国で、十年以上の期間を要する原種の開発や生産に関する技術に、非常に長けた国であった。核兵器関連の施設と並び、まず初めに爆撃されたのは種を保管していた倉庫だった。その後訪れた民主化の波に乗り、巨大農業資本が救済と復興の名目で、生産性を追求した種と農薬を持ち込んできたという。
堤さんは、公的サービスには非効率性があることを認識している。民間企業が公共サービスのあり方を提案し、運営の委託を受けることには賛成している。しかし、運営権のすべてを民間が担うことで、金銭価値の最大化が優先されてしまい、平等性や、品質の保証、価格制御のかじ取りができなくなることには、大きな懸念を示している。
日本では、国民皆保険制度により、国が医療費を補填する素晴らしい仕組みがある。命に係わる医療を安価に平等に国民が享受できることは、かけがえのない制度である。条例制定によって地域で生産してきた種を守る施策を取り始めた自治体も出ている。堤さんは日本の誇るべき制度や、安全保障にかかわる産業を適切に管理し、持続可能なものにしていく施策の大切さを訴えていた。
私は、社会に便益をもたらすはずである企業が、ここまで個人や一部の人の利益のみを優先していることにも驚いたが、やはり既存の公的事業にも大いなる非効率性があり、世界で有益とされている最先端のサービスが取り入れられるべき余地があると思う。海外で取り入れられてきた農業・医療制度民営化の良い面、悪い面をよく理解して、どのような体制が最も日本にとって理想的であるのか、よく考えなくてはならない。日本国内の農家や医療従事者の現実をとらえることも、海外のそれらをとらえることも、どちらが欠けても自分なりの判断をくだすことはできないと思う。
それには、日本人は他国で起きていることにあまりにも疎い。堤さんの著書をはじめ、多くの情報が日本語で発信され、翻訳ソフトによって外国語のウェブサイトが自動的に翻訳される時代に我々は生きている。もはや、英語ができないという理由は日本人の国際化におけるハンデにはまったくならない時代に突入すると思っている。同時に、英語がわからないから海外と接触しなくてよいという価値観は、捨てなくてはならなくなるだろう。自分の判断軸を他人に預けてしまうことなく、絶えず自分を取り巻く環境を正しく理解し、相対化し、進むべき道のりを主体的に判断することが大切だと思う。
沙織

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