夕学レポート
2011年05月12日
文明論という「視座」で電子書籍を読み解く 佐々木俊尚さん
佐々木俊尚さんが会場入りする前に、控え室で旧知の出版社編集長と電子書籍事情について雑談をした。
衝撃的なiPadの登場から一年。昨年末には各社の電子書籍端末や配信サービスが出揃い。電子書籍市場が花開くと言われた。半年経過時点で、業界人の見方はどうなのか。
「騒がれたほどには売れていない」
それが衆目の一致する意見だという。
「紙の本の20分の1ですね」
編集長によれば、紙の書籍で100部売れる大ベストセラーで5万ダウンロードが、現時点での電子書籍市場の相場だという。
理由はいろいろと言われている。
出版業界の閉鎖構造がどうのこうの、端末の使い勝手がどうのこうの、値段がどうのこうのetc。
「それらは、すべで本質論ではない」
それが佐々木さんの見解である。
電子書籍やタブレットの登場は、ビジネス戦略や出版・書店業界の再編といった文脈で理解すると本質を見誤る。視野を目一杯広げて、壮大な「文明論」として位置づければ、自ずと見えてくるものがあるという。
書籍を、「知の伝播システム」として意味づけたときに、システムを構成するのは、コンテンツ=本の中身、コンテナ=配信システム、コンベヤ=媒体の三層であると佐々木さんはいう。
この中で、コンテンツ=本の中身は「知」そのものであり、最も重要なことは言うまでもない。
また、コンベヤ=メディアは、歴史を紐解けば多くの変遷をとげてきた。古代の粘土板・石版からはじまり、竹簡、パピルス、羊皮紙、紙、そして電子書籍端末、やがては電子ペーパー... 進化するのが当たり前のものであった。iPadもキンドルもそのひとつと考えれば、革新的な製品ではあっても、文明のパラダイムシフトを促すほどの変化ではない。
むしろ、コンテナ=配信システムが大きく変わろうとしていることの意味を考えるべきだという。
「知の伝播システム」の歴史の中で、コンテナ=配信システムが変わったのは、数回しかなかった。そのひとつが、「写本」から「印刷」への転換である。
15世紀の半ば、ドイツのヨハネス・グーテンベルクが発明した活版印刷によって、「知」の配信システムは大きく変わった。情報の量・スピード・範囲が幾何学級数的に飛躍した。
佐々木さんは、これを「知のオープン化」と表現した。
「知のオープン化」によるインパクトは、文明を変えた。
宗教では「宗教改革」を促し、思想・芸術では、「ルネッサンス」の起爆装置となり、政治においては、近代「民主主義」を喚起した。
電子書籍やタブレットの登場は、新たなコンテナ=配信システムの変革である。「写本」から「印刷」へ転換したように、「印刷」から「デジタル配信」へと情報のコンテナが変わろうとしている。
かつての変化以上に、情報の幾何学級数的な拡大が可能になってきた。
これが、文明を変えようとしている、というのが佐々木さんの論旨である。
「知の伝播システム」の歴史で考えれば、「写本」から「印刷」への転換の前にも、劇的なコンテナ=配信システムの変革があった。
「文字」の登場である。
1万年前に人類が手にした「文字」という配信システムは、宗教の世界を、原始的な土俗信仰から、教義を備えた「世界宗教」(キリスト教、仏教、イスラム教)へと変えた。「ギリシャ・ローマの思想・芸術」を産み出した。「絶対君主・封建制度」も文字で記された法令が根拠になった
「世界宗教」→「宗教改革」への大変革、「ギリシャ・ローマの思想・芸術」→「ルネッサンス」という再発見、「絶対君主・封建制度」→「民主主義」という革命、これらのパラダイムシフトに相当するイメージ像を、我々はまだ描ききれていない。
しかし、萌芽は見えてきた。
佐々木さんが「キュレーション」と呼ぶ役割と「ビオトープ」と呼ぶコミュニティーの存在である。
「キュレーション」とは、膨大な情報を収集・選別・意味づけし、読み解くにあたっての「視座」を提供することであり、提示された「視座」を共有して集う人々の緩やかな集合体が「ビオトープ」である。
彼らが出会い、つながり、創発することで発生するムーブメントが、パラダイムシフト後の新しい文明を作る。
梅田望夫氏や茂木健一郎氏など、ウェブ時代の啓蒙者達が口にする近未来文明論に近いのかもしれない。
考えてみれば、「デジタル配信」もインターネットをインフラとするサブシステムである。近くて当たり前か。
梅田氏や茂木さんが、同上のことを言いはじめてから5年以上が経つ。文明論的な変化は三世代百年を覚悟すべき大事業だ。その真贋をどうこうと論評するのは後世の人間に任せて、まずは渦の中でもがいてみるしかないと思う。
この講演に寄せられた「明日への一言」はこちらをどうぞ。
http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/5月12日-佐々木-俊尚/
この講演には、「感想レポートコンテスト」の応募をいただきました。
・情報化に対する捉え方にとても興味を持ちました。(すえさん/会社員/31歳/男性)
・目から鱗とはこのことか、と妙に納得した(つるみじん/会社員(営業職)/50台後半/男性)
・この3層構造は使えるが、合わせ技の時代か(田辺康雄/会社員/50代/男性)
登録
オススメ! 秋のagora講座
2024年12月7日(土)開講・全6回
小堀宗実家元に学ぶ
【綺麗さび、茶の湯と日本のこころ】
遠州流茶道13代家元とともに、総合芸術としての茶の湯、日本文化の美の魅力を心と身体で味わいます。
オススメ! 秋のagora講座
2024年11月18日(月)開講・全6回
古賀史健さんと考える【自分の海に潜る日記ワークショップ】
日記という自己理解ツールを入口に、日常を切り取る観察力、自分らしい文章表現力と継続力を鍛えます。
いつでも
どこでも
何度でも
お申し込みから7日間無料
夕学講演会のアーカイブ映像を中心としたウェブ学習サービスです。全コンテンツがオンデマンドで視聴可能です。
登録