2016年10月11日
準備は入念に、当日は臨機応変に
通訳ガイドの仕事は1本の電話から始まります。
「○月×日、フランス人20名、箱根1日です。行けますか?」
ツアー会社によって違いはありますが、こういった電話確認の後、ポイントとなる時間・場所を記したおおまかな行程がメールで送られてきます。
「9:30新宿出発・15:00強羅の旅館にチェックイン。芦ノ湖クルーズと大涌谷。ランチは●●レストランを12:00から予約済。」
その他の細かな項目は決まっていないことが多いので、まず所要時間のシミュレーションをします。Google Mapとにらめっこしながら「レストランが元箱根だから新宿のホテルからトイレ休憩いれて約2.5時間か。じゃあ、ランチ後に大涌谷だな。海賊船の時刻表は・・・」といった要領です。
所要時間の確認が終わったら、一度行ったことのある場所でも、私は必ず下見に行きます。ネタ収集のためでもありますし、当日お客様を連れて迷子にならないためでもありますが、一番は、事前に足を運ぶことで思わぬ現地の最新事情を知ることができるからです。以前、ツアー1カ月前に下見に行ったきりのほほんとしていたら、前日に別のガイドさんから、「数日前の大雨で土砂崩れが起きて、見学箇所が封鎖されているよ!」と教えてもらい、慌てて代替ルートを手配、間一髪で難を逃れたという苦い経験があります。
下見から帰ってきたら、撮ってきた写真と大量のパンフレットに、図書館やインターネットで集めた情報を加えながら原稿を作ります。訪問場所の見所、歴史、地理など、ネタになりそうなことをひたすら調べて英語にしていきます。ツアー中は原稿を読みながら話すわけにはいかないので、原稿を作るのと内容を覚える作業が並行し、新米の私は1日ツアーの準備に1週間くらいかかります。
団体旅行の場合は、バス車内でのトークの準備も必要です。2.5時間なら2.5時間、お客様が飽きないよう、日本の面積、人口、四季といった基本情報から、少子高齢化や築地移転問題まで話題は色々用意します。車窓に見える風景をタイミングよく(これが難しい!)紹介しながら、単調にならないよう、時にジョークを交えて時間いっぱいマイク片手にしゃべり倒します。
元添乗員の私ですから、バス1台のツアーなんて過去に何度もやっている・・・けれど英語でのガイディングと添乗を同時並行することの難しさといったら最初は想像以上でした。
頭の中で必死に覚えた旅先の歴史や年号を復唱しつつ、眼で周りの景色を確認しながら、口は英語。到着時刻を昼食箇所に連絡し、運転手さんと旅程の相談。
添乗員とバスガイドを1人2役、母語以外の言語でするのですから、今更ですが、そりゃあ大変。本当に心臓が口から飛び出るかと思いました。(いや、きっと何度か本当に飛び出た)
しかし、どれだけ準備していても想定どおりにならない、それがお客様。
まだ福岡でガイドをはじめて間もないころ、大先輩ガイドのアシスタントとして、フィリピンからの社員旅行37名の皆さまと長崎日帰りツアーをご一緒しました。
先輩のさすがの車内トークをメインに、原爆資料館へ向かう車中では折り紙レッスン。平和への祈りをこめた折鶴を爆心地公園に納め、次は出島へ。
出島は自由行動のため、私もアシスタントとはいえ何か聞かれることがあるかもしれない!と、何日も前から出島の成り立ちや鎖国の歴史について、英語で解説できるよう練習していました。ちゃんと覚えているかしらとどきどきしている私に、先輩があることを教えてくださいました。先輩の経験上、フィリピンの方は記念写真を撮るのがとてもお好きで、以前、出島にある着物体験コーナーをご紹介したら大変喜ばれたとのこと。
「今回は大人数だから、あらかじめご希望を聞いてみて、多いようだったら予約をしておきましょう」という先輩のアドバイスのもと、これから向かう出島では、着物をレンタルして敷地内を散策できる旨をアナウンスしました。
「ご希望の方いらっしゃいますかー?」とお声掛けしたところ、ばばばばばばっとものすごい勢いで手が挙がります。37人中、37人。全員着付け希望です。慌てて体験施設に電話し、勤務中の着付け師を総動員してなんとか対応いただけました。
出島に到着して20分後。長崎・出島の敷地内ではフィリピン人侍とフィリピン人町娘・総勢37名による大撮影会が始まりました。殺陣のポーズをとる男性陣、洋館でしっとりと微笑む女性陣・・・気がつけば私は、ガイドではなくにわかカメラマンとなってあちらこちらでシャッターを押し続け、ついに出島について一言も説明させてもらえないまま自由行動は終了。
何日もかけて勉強したのに・・・正直しょんぼりしながら、福岡へ戻る車内に目をやると、全員、お互いの写真を見せ合いっこしながら盛り上がっています。にこにこと満足げな皆さんの笑顔を見て、お客様のためのツアーであることを思い出しました。今日の準備はまたいつか役立つ日が来るでしょう!と気持ちを切り替えたと同時に、MCC時代に「ビジネスプロフェッショナルのための説明力」で桑畑先生から教えてもらった言葉がよみがえりました。
「プレゼンテーションの極意は100やって10に絞って3出す」
次のお客様も笑顔で日本を楽しんでいただけるよう、100やり続けようと思います。
- 山内 久未(やまうち・くみ)
- 慶應丸の内シティキャンパスで2年間ラーニングファシリテーターとして多くのプログラムを担当。退職後、約2年間の勉強生活を経て2015年春より通訳案内士(通称:通訳ガイド)として日々奮闘中。
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