2017年03月14日
通訳ガイドにとって春が特別な理由
日に日に暖かさが増し、季節の移り変わりを肌で感じる季節ですね。
春、というと皆さんは何を思い浮かべますか?
満開の桜?涙の卒業式?初々しいリクルートスーツ姿の学生さん?
通訳ガイドにとって、春は特別な季節です。暖かい気候に加えて、外国人観光客のお目当てはなんといっても桜。特に人気の高い京都や東京では、宿泊施設も満室状態で、秋の紅葉シーズンと並んで1年で最も忙しい時期です。
もうひとつ、通訳ガイドにとって春が特別な理由があります。多くの新人ガイドにとって、春はデビューの季節なのです。「通訳案内士(通訳ガイド)という仕事」でご紹介した、ガイドの国家試験の合格発表は2月中旬。合格した後は、各都道府県に登録するところからガイドとしての第一歩が始まります。
免許はとったものの…どうやって仕事を見つけるの?
私がガイド試験に合格したのは2015年。当時住んでいた福岡県でガイド登録を申請しました。なにしろ必死過ぎて合格するまでのことしか考えていなかった私。無事にガイド免許証は受け取ったものの、実際にどうやってツアーの仕事を見つければ良いのか、いきなり立ち止まってしまいます。
Google先生に聞いたり、専門書を読んだりして、仕事を得る方法には大きく3つあることがわかりました。
- 通訳ガイド団体や人材紹介会社に登録する
- 旅行会社から直接仕事をもらう(自分で営業に行く)
- 個人でHPなどを立ち上げ集客する
2.や3.は、まだガイド経験のない私にはハードルが高そう…と思い、九州にある通訳ガイド団体を調べてみることにしました。ちょうど県内にあるガイド団体が、新人研修を企画していることがわかり、まずは研修を受けてみよう!と気軽な気持ちで申し込みメールを送ったのです。それが後々、大変なことになるとも知らず…。
Kimmy、新人研修で打ち砕かれる
研修の内容は通訳団体によってさまざまあるようです。私が参加した研修では、座学を何度か受講した後、最終日に大型バス1台を借り、研修生が通訳ガイド役になって研修バスツアーという形式でした。研修ツアーといっても、お客様として先輩ガイドや業界関係者が同乗しますので、その厳しさといったら。のほほんと「ガイドのコツでも教えてもらおう」と参加した私の甘い考えは一瞬で砕け散りました。
「お客様の前で原稿を読むガイドなんていません!全部頭に入っていて当然です」
「どの道順で歩いて、どこを見せて、どうご案内するか、当然シュミレーションしてありますよね?」
「ツアー中にトラブルがあったらどうしますか?手違いでレストランの予約が入っていなかったら?お客様の具合が悪くなったら?渋滞で予定が押してしまったら?当日対応するのはすべてガイドの皆さんですよ」
現役ベテランガイドでもある先生方のご指導は温かくも厳しいものでした。ガイドとなった今では、どれもとても大切で当たり前のことだと実感することばかりなのですが、「通訳ガイド」という響きに、マイクを片手に外国語で日本の文化や歴史を情緒豊かにしっとりとお伝えする職業というなんとなく憧れを持っていた当時の私。実際の通訳ガイドの仕事のバタバタぶりにとまどい、想像以上の事前準備の大変さに驚いたのです。最近は色々な観光地でボランティアガイドをされる方も増えてきています。無償ではなく有償でガイドをするとは、お金をいただくとはどういうことかを学びました。
そこから研修期間のほぼ2カ月間、土日も関係なく仕事以外のすべての時間を研修ツアーの準備に注ぎ込む日々が続きました。研修生仲間と下見に行ったり、毎晩遅くまでメーリングリストで英文原稿を添削しあったり、夕食を作りながらおたまをマイク代わりに練習したことも。
あまりの大変さにくじけそうになることもありましたが、あの研修で学んだことは、今フリーランスの通訳ガイドとして活動する上で大いに役立つ基礎となっています。特に印象に残っているのは「お客様が日本で唯一頼れる存在が通訳ガイド。わからない、知らない、できないは禁句。」という先生のお言葉。プロフェッショナルとしての誇りをひしひしと感じ、身の引き締まる思いでした。
人生最大の緊張…「逃げ出したい」
春のある晴天の日。研修ツアーはいよいよ本番を迎えます。前職の旅行会社では、お客様の前でマイクを持つことも多かった私。この日もきっと大丈夫、そう思っていました。
ところが。
車窓が流れ、他の人の案内が始まり、自分の番が近づくにつれて、今までの人生で一番の緊張が襲ってきました。足は震え、出そうとすればするほど声は出てこなくなります。必死に勉強してボロボロになった国家試験のテキスト、合格証書を手にした時の涙、何日もかけて仕上げた研修ツアーのガイド原稿…夢だった通訳ガイドという仕事に踏み出すまさにその瞬間、色々な想いが溢れ出し、ついぽろっと、口から「逃げ出したい…」と言葉が漏れました。
今にも泣きだしそうな私の背中を押してくれたのは、この2カ月、一緒に励まし合って学んできた研修生の一人でした。
「何言ってるの!お客様が待ってるよ!」
そうだ。不安に思ったり緊張したりしている場合じゃない。お客様が待ってる。
これはプロのガイドとしての、初めの一歩なんだ。
そして研修中の講師の言葉がよみがえります。
「お客様が日本に来て唯一頼れる存在が通訳ガイド。わからない、知らない、できないは禁句。」
いよいよ自分の番が来ました。
緊張で震える自分の足を手で叩き、にっこり笑顔を作り、マイクを握ります。
早口だったり、セリフを飛ばしたり、反省だらけの初ガイディングでしたが、こうして私はなんとか逃げ出すことなく、ガイドとして最初の一歩を歩き出したのです。
通訳ガイドとして仕事を始めてから、早いものでこの春3年目を迎えます。東京に移ってからの1年は、おかげさまでいくつかの旅行会社とご縁ができ、フリーランスの兼業ガイドとしてぽつぽつと仕事が入ってくるようになりました。イギリス、フランス、アメリカ、オーストラリア、イタリア、ドバイ、マレーシア、シンガポール、フィリピン、インドネシア、インド、パキスタン…さまざまな国の方と出会い、かけがえのない旅にご一緒しています。未だハプニングの連続で、慣れるということはありませんが、緊張以上にお客様とご一緒できる喜びや充実感を日々感じています。
今年もまた桜の季節が巡ってきます。繁忙期に向けて気合が入るとともに、毎年この季節になると、泣きそうになりながらマイクを握ったあの日を思い出し、自分に向かって声をかけるのです。
「お客様が待ってるよ!」と。
- 山内 久未(やまうち・くみ)
- 慶應丸の内シティキャンパスで2年間ラーニングファシリテーターとして多くのプログラムを担当。退職後、約2年間の勉強生活を経て2015年春より通訳案内士(通称:通訳ガイド)として日々奮闘中。
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