KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

2017年04月11日

通訳ガイド初仕事(前編)

山内 久未

春ですね。MCCからすぐ近くの皇居周辺も、この時期は美しい桜を楽しむことができます。
前回ご紹介したように、春は桜を見ようと多くの外国人観光客が訪れるシーズンです。花を美しいと思う心は言葉に表さずとも世界共通ですが、桜については、日本人の生活や心情も含めて説明するようにしています。
桜は1年のうちわずか1週間しか花を咲かせないこと、その短い命と散り際の美しさから昔の日本人は人生の儚さを感じ取っていたこと、いつ命を落とすかわからないサムライたちは特に桜を愛していたこと、現代の日本では春は卒業と新生活の季節であり、桜を見ると日本人は懐かしかったり、せつなかったり、さまざまな感情が呼び起されること。

私がなんとか新人研修を終え、通訳ガイドの初仕事を獲得したのは、桜も散り去った新緑の5月の事でした。

それは、日本の旅行会社が企画した「柳川舟下りと新緑の八女茶体験」というツアーで、貸切タクシーを利用して観光するというプランでした。「下見は必ず!」という研修で習ったガイド心得に従い、早速下見に行きました。

柳川の強敵・筑後弁

まず訪れたのは柳川。かつて立花藩の城下町だった水郷・柳川は、詩人・北原白秋の故郷でもあります。市内の至る所に流れる掘割をどんこ舟で下る「川下り」は、柳が揺れる水路を下りながら四季折々の風景をゆったりと味わうことができる、福岡県有数の観光地です。「鰻のせいろ蒸し」は、タレがたっぷりかかったごはんと錦糸卵の上に、せいろで温められふっくらとした鰻がのった名物料理で、栄養豊富な水郷の魅力を味わうことができます。

川下りの舟は、20人も乗れば一杯になります。一本の棹を巧みに操るベテランの船頭さんが、舟から見える景色や建物、町の歴史、時には歌なども交えて情緒たっぷりに話してくださるのですが、当然すべて日本語。逐一英語に訳していかなければなりません。話される内容は、船頭さんやその時々に見える風景や植物によってさまざまです。しかも船頭さんの日本語は、郷土色溢れる筑後弁…。私が当時住んでいた久留米も筑後エリアですが、特にご年配の男性が話す方言が理解できず、日常生活ですらしばしば苦労していた関東出身の私にとっては、日本語のヒアリングから冷や汗もの。それ以来、何度も柳川に通い、舟に乗り、船頭さんのお話を必死にメモしては、自宅で家族に聞きながらひたすら英訳する…という練習を本番までに繰り返しました。

八女茶の歴史に圧倒される

次に訪れたのは八女市。柳川のすぐ隣の市で、全国的に有名な高級茶「八女茶」の産地として知られています。中心部にあたる八女福島は土蔵造りの商家が100軒以上残り、古い白壁の街並みが素敵なエリアです。その中にある、江戸時代から約150年続く九州最古の茶商「許斐本家」を訪れるというのが、川下りと並ぶ今回のツアーのハイライトでした。

趣のある建物自体が歴史を物語るギャラリーとなっており、明治時代、八女からロシアへ紅茶を輸出していた証拠となるロシア語ラベルの紅茶箱など、八女茶の歴史や奥深さを感じることのできる重厚感のある場所です。事前に「緑茶とは」という説明文を英語で組み立てて下見に訪れましたが、実際に茶商へ足を運び、当主にお話を伺うと、その歴史、想い、文化のなんと奥深いことか。八女茶の歴史をお聞きしているだけで、あっという間に1時間近く経っていました。辞書で少し調べただけの「緑茶とは」では到底表現しきれず、「ここをどうやってガイドしよう・・」と困ってしまいました。しかし、ツアーの日程は迫ってきていますし、今はとにかく勉強あるのみ。その後も観光協会や図書館、インターネットなどからさまざまな資料をかき集め、八女茶と緑茶について、必死で勉強する日々が続きました。

もう一つ、大きな心配だったのは行きの車中です。福岡市内のホテルから柳川までは車で約1時間半。貸切タクシーでの移動ですから、その間は私がお客様をおもてなししなければなりません。「移動中のガイドトークも、ガイドの報酬の一部です。観光地に着くまで黙ったままのバスガイドさんはいないでしょう?」という研修での教えを思い出しつつ、いきなり1時間半英語で話し続けるなんて…と心の中は不安でいっぱいになりました。とにかくお客様を飽きさせないために、とPicture Aidと呼ばれる説明用のビジュアル資料をたくさん作りました。「日本の貨幣」といった基本的なものから「緑茶ができるまで」「鰻の蒲焼の作り方」「JR九州の観光列車」といった、車窓や立ち寄り先に関するものまで。気がつけば1泊旅行に行くの?というくらいの大量の資料ができあがっていました。

英語のツアーガイドなのですが・・・

大量の資料を抱え、ついにツアー本番。お客様と待ち合わせのホテルに向かいました。お客様はシンガポールからいらした60代の姉妹です。Good Morning!と元気にお声をかけると、お二人がにっこりと返してくださいました。

妹「Good Morning! My name is ○○.」
姉「Good Morning! 我姓※☆□」

あれ?今のって…英語じゃなかったような…??
と、私が一瞬首をかしげると、妹さんがにっこり笑ってこう言いました。「私たちは華僑なのよ。私は英語が話せるけど、姉はほとんど話せないの。このツアーの内容に興味があったのだけど、中国語のツアーがなかったから。私が英語→中国語に通訳するから大丈夫よ」

えーーーー!!英語のツアーで、しかも初仕事で、英語がわからないお客様がいらっしゃるとは想像しておらず、びっくりです。

そんなわけで、初心者マークの英語ガイドと、バイリンガルな妹さん、中国語オンリーなお姉さん、3人の珍道中が始まりました。貸し切りタクシーに乗って、柳川へドライブの始まりです。

後編につづく

山内 久未(やまうち・くみ)
慶應丸の内シティキャンパスで2年間ラーニングファシリテーターとして多くのプログラムを担当。退職後、約2年間の勉強生活を経て2015年春より通訳案内士(通称:通訳ガイド)として日々奮闘中。
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