KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

2017年07月11日

谷中とマカダミアチョコレート

山内 久未

皆さま、夏休みの旅行はもうお決まりですか?
今年、私は近場でのんびり過ごすことになりそうです。でも、もし次に海外旅行に行くチャンスがあったら、ホテルも飛行機もアクティビティも全部まとまったパッケージツアーではなく、現地ガイドさんを探し、その方と相談しながらじっくり考えて、私だけのオリジナルツアーを計画実行したいなぁと考えています。
そんな風に思ったのは、前回ご紹介したガイドマッチングサイト、TripleLightsでの初のお客様となった、ハワイのGlenさんご一家との出会いからでした。

旅行はオーダーメイド志向な欧米人

TripleLightsで東京観光の1日ツアーを作成するにあたり、他のガイドさんのページを見ていて気がついたことがありました。

Customized Tokyo Tour”
”Tokyo tour a la carte
”Tokyo tour as you like

…ほとんどのツアーがいわゆるオーダーメイドで、「行先はご相談に応じます」という案内なのです。TripleLightsのサポートスタッフの方曰く、主な顧客層である欧米人は、決まった定番コースよりも、自分だけのオリジナリティー、オンリーワンを求める傾向が強いのだとか。

確かに、例えばパリやNYといった世界の観光地でも
「これだけ押さえておけば大丈夫!エッフェル塔と凱旋門とオペラ座を巡るパリ半日ツアー ※追加料金でランチとルーブル美術館見学がつけられます」
といったツアーバスにぞろぞろと乗り込む日本人に対して、欧米人のほとんどが個人観光客ですよね。学会や企業視察では、団体で欧米人のお客様をご案内することもありますが、自由時間を多めに確保し、あまりぶんぶんと旗を振りかざさない(旗の後ろを歩くのがいかにも団体客みたいで恥ずかしいのだそうです)といったコツがあるので、欧米人のオーダーメイド志向には納得です。

そこで私も“Tokyo FOR YOU”とタイトルをつけ、オーダーメイド型のツアー募集を開始しました。

Glenさんと事前打ち合わせ開始!

前回のエッセイの最後に書いた、初めての予約を入れてくださったのは、Glenさんというハワイ在住のファミリーで、行きたいスポットを申し込み時にいくつか列挙くださっていました。

  • Tsukiji Fish Market 築地市場
  • Hamarikyu 浜離宮
  • Imperial Palace 皇居
  • Tokyo Tower 東京タワー

ふむふむ。なかなか王道なルートです。さっそく申し込みの御礼メールを送ると、“Aloha!”という明るい挨拶とともに、すぐに返信が届きました。

Glen:やっぱり気が変わったので、東京タワーはやめます。他にどこかお薦めはありませんか?

ツアー予定は3月下旬。ちょうど桜の時期ですので、せっかく浜離宮に行くなら…と浅草と浜離宮を結ぶ隅田川クルーズを提案してみました。隅田川沿いの満開の桜を眺めることのできる、私も大好きなコースです。

Glen:おお!良さそうですね。それにしましょう。ただ、以前も家族で日本に来たことがあり、その時に浅草は存分に満喫したのです。近くにアメ横がありますよね?あそこも一度行ったことがあって楽しかったです。ああいう商店街で食べ歩きや買い物を楽しみたいので、クルーズの後は浅草をパスして、アメ横に移動したいです。

Kimmy:了解しました!ではそのコースで行きましょう。来日お待ちしていますね。

このように、単純に旅行会社から「浅草→アメ横に観光箇所変更」と指示がくるのではなく、お客様との事前にやりとりで、なぜその変更を希望しているのか、背景情報を知ることができるのはとても有益です。食べ歩きやお買い物がお好きな陽気なハワイアンファミリーを想像しながら、さっそくマッチングサイトの利点を感じたのでした。
ところが、本当の意味でお客様と直に連絡がとれる、マッチングサイトの強みを実感したのは、その2週間後の事でした。

ツアーの内容は決まった!…のはずが?

2017年春。皆さまもご記憶の通り、今年の桜の開花は一向に進みませんでした。3月も半ばを過ぎ、ハラハラジリジリしながら毎日のように近所の桜の木を見上げるも、蕾は固く閉じたまま、開く気配すらありません。私たち日本人も、いつもなら春色のジャケットでも羽織りたいところですが分厚いコートにマフラーが手放せない天候です。困ったな…せっかくこちらから隅田川クルーズをご提案したのに…。

いつまでもうらめしく桜の蕾を見つめていても、花が咲いてくれるわけではありません。
常夏の島、ハワイから5日後にやってくるGlenさんに、意を決しメールをしました。
予想外に寒い日が続き、桜の開花が見込めそうにないので、クルーズをやめて別のルートをご提案したいこと。平均的な3月よりも今年の日本は寒く、雨の予報も出ているので温かい服装と雨具を持ってきた方が良いこと。
そしてもう一つ。

Kimmy:ご希望のアメ横に電車で行くのもOKですが、もしよければもう少し足を延ばしてYANAKAに行ってみませんか?

谷中‐昭和レトロな街並みと下町情緒溢れる谷中銀座商店街が人気のエリアで、近年、欧米人を中心に外国人観光客にも大人気の場所なのです。Glenさんのメールに“商店街で食べ歩きや買い物を楽しみたい”とあったことから思いついた代案でした。Glenさんからさっそく返事が届き、以前行ったアメ横に行くよりも初めてのYANAKAに興味がある、行ってみたい!とのことで、来日5日前、急遽コース変更となりました。

そして迎えたツアー当日。お客様の反応は?

そして迎えた3月21日。東京には冷たい雨がしとしとと降る、肌寒い日でした。Glenさんと奥様、13歳になるという息子さんは、雨傘を手に、暖かくて軽そうな薄手のダウンジャケット姿で準備ばっちり!とウィンクでホテルのロビーに登場してきました。築地市場と皇居を巡ったあとは、雨で行くのをやめた浜離宮公園の代わりにどこか屋内で楽しめる場所へ…と、急遽、皇居前の新丸ビルへ向かいます。
そうです、丸の内といえば慶應MCCのホームグラウンド。ランチスポットもお買い物もお任せあれ!!と、かまわぬのてぬぐい、銀座夏野のお箸などを見て回りました。天ぷら船橋屋さんでは、カウンター越しに揚げられるアツアツの天ぷらに3人とも大喜びです。

そして午後、いよいよ谷中に向かいます。降り続く雨が心配でしたが、谷中に着いてからのご家族の楽しみっぷりは私の心配や不安を吹き飛ばすものでした。

初めて目にするお肉屋さんの熱々のメンチカツを店先でほおばり。
酒屋さんの前に、ベンチ代わりのビールケースが並んでいるのを不思議そうに見つめて。
商店街の小さな100円ショップで、その品揃えに驚いてあれこれとカゴに入れ。
地元のおばあちゃんが営む靴屋さんで、歩きやすいウォーキングシューズを手ごろなお値段で買い求めて。
点在するお菓子屋さんで栗蒸し羊羹やドーナツなどのおやつを買いながら。

わずか200メートル足らずの商店街で、雨にもかかわらず気がつけば2時間以上も過ごしていました。日暮里駅でお別れをする際、Glenさんと奥さん、息子さんの3人が嬉しそうに話してくださいました。

「今日はとっても楽しかった!Kimmyと一緒じゃなかったら、ただ『あー。雨が降ってるし寒いし、ツイてない日だね』と、ホテルに引きこもって1日終わってしまったかもしれないけど、君のおかげで、雨なのに存分に楽しむことが出来たよ。本当にありがとう!」

そう言って、Present for you!と渡してくださった紙袋に入っていたのは箱入りのハワイの定番菓子、マカダミアナッツチョコ。

実はツアー中、Glenさんの奥さんが、個装のマカダミアナッツチョコを3、4つラッピングして、可愛くリボンで留めたものをいくつも持ち歩いていたのです。築地市場の店先で、天ぷら屋さんのカウンター越しに、レジに立つ靴屋のおばあちゃんに。親切にされたり、話しかけてくださったりした際に、チップの習慣がない日本でせめてもの御礼の気持ちに、と奥さんがThank youの言葉とともにチョコを渡す姿と、それを受け取った人たちの嬉しそうな笑顔に、傍で見ている私までじんわりほっこり胸が温かくなっていたのでした。

定番ではない、お客様だけのオリジナルな、とっておきの1日。
そこで目にしたのは、ハワイ定番中の定番、マカダミアナッツチョコを通じたお客様と日本人同士の心温まるやりとりでした。行程が定まっていないがゆえに、お客様の気分や天候、様々な要素に左右されて準備が難しいガイドのシェアリングサービス。でも、だからこそ、大切な友人を迎えるように、お客様ととことん向き合い、オンリーワンのツアーを一緒に創ることができるのだと、実感した1日となりました。

山内 久未(やまうち・くみ)
慶應丸の内シティキャンパスで2年間ラーニングファシリテーターとして多くのプログラムを担当。退職後、約2年間の勉強生活を経て2015年春より通訳案内士(通称:通訳ガイド)として日々奮闘中。
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