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2018年01月09日

箱根八里の通訳ガイド

山内 久未

「お正月」と聞いて、パッと何を思い浮かべますか?
初日の出?おせち料理?お雑煮?初詣?書初め? 中には「初売り!」と思う方もいらっしゃるでしょうか。
私には必ず思い浮かぶ場所があります。キーワードは
・お正月の風物詩
・大学対抗
・たすき
そう。箱根駅伝の舞台である「箱根」です。

旧東海道は訪日外国人の日本周遊ルート

今から約90年前の大正6年(1917年)に始まった箱根駅伝は、東京・大手町から、品川、保土ヶ谷、戸塚、平塚、小田原といった旧東海道の宿場町を通り、箱根・芦ノ湖までの往復10区間・217.1kmを競う、お正月定番の駅伝大会です。時には雪が舞い散る中を駆け抜けていく学生ランナーたちの姿は毎年ドラマを生みますよね。今でも十分過酷なレースだと思うのですが、大会が始まった当初は、なんと京都・三条大橋から東京・上野不忍池を結ぶ516キロ!旧東海道のほぼ全行程を三日間かけて昼夜兼行で走り抜けたというのだから驚きです。

そんな行程も、今は新幹線を使えば2時間半で移動できるようになりました。現在このルートは訪日外国人にとって定番の日本周遊コースとなっていて、インバンウンド業界では通称「ゴールデンルート」と呼ばれています。

ゴールデンルートを通るツアープランは例えばこんな感じです。

1日目:成田or羽田空港から入国
2日目:都内観光(浅草寺や皇居、明治神宮が定番)
3日目:箱根観光
4日目:自然派は山梨or静岡の富士山スポット/城好きは名古屋城
5日目:京都観光(金閣寺と伏見稲荷は外せない!)
6日目:嵐山でさらに京都を満喫/足を延ばして奈良
7日目:大阪でお土産ショッピングの後、関西国際空港から出国

反対に関空から入って成田から出国するパターンもあります。いずれにしても大都会・歴史・自然と、日本の色々な魅力をまとめて体験できるのがこのゴールデンルートの良いところで、特に初来日の外国人の方に人気のコースとなっています。と同時に、ゴールデンルート上にない地域にとっては、いかにして訪日外国人をメインから支流へ呼び込むかということが大きな課題となっています。

箱根人気の理由は温泉・・・ではなかった!

さて、ゴールデンルートに沿って日本を周遊するお客様にとって、箱根は絶対に訪れたい人気スポット。私もこれまで多くのお客様と箱根を訪れてきました。

日本人にとって箱根の魅力といえばなんといっても温泉。湯量の豊富さとバラエティに富んだ泉質から「温泉のデパート」と呼ばれるほどですが、実は海外のお客様の多くは日本人ほど温泉に関心がありません。公衆浴場の文化がなく、人前で裸になって入浴することに抵抗感があるのがその理由のようです。最近では「日本に来たからには一度は体験したみたい!」という方も増えてきているように感じますが、やっぱり大浴場はちょっと恥ずかしい・・・と、足湯だけ体験したり、最初から露天風呂付のお部屋を予約されるお客様もいらっしゃいます。大自然に囲まれた大きな湯船で、手足を伸ばしながらゆっくり浸かる気持ちよさを知っている日本人の私としては、ぜひとも大浴場や露天風呂も体験していただきたいのですが・・・文化の違いですね。

余談ですが、日本のように大浴場に入る慣習がある韓国の方々は温泉好きが多いように感じます。九州に住んでいた頃、温泉に行くと韓国語でおしゃべりしながら楽しそうに入浴する方々と多く出会いました。台湾も同じく温泉文化があるので、日本の温泉は人気のようです。

では、温泉ではないとしたら、海外の皆さまは何を目的に箱根を訪れるのでしょうか?
ほぼ100%、お客様の答えはひとつ。

Mt.Fuji  富士山です。

言わずと知れた日本一の山。日本のシンボル、富士山。最近は海外から富士登山に訪れる方も増えていると聞きますが、箱根から見る富士山の美しさはまた格別。特に、芦ノ湖畔から見る富士山は、湖面の美しい青、箱根神社の鳥居の朱色とのコントラストが素晴らしく、息を飲む壮麗さなのです。富士山スポットは他にも多くありますが、この風景を見るために箱根に来たという人も少なくありません。


写真協力:箱根全山

「今日は富士山見えるのか」問題

しかし、富士山にはひとつだけ問題があります。それは「毎日100%必ず見られるとは限らない」ということです。日本に住んでいても「お!今日は富士山が良く見えるぞ!ラッキー!」と思うくらいですから、それだけ見られる機会が貴重だということです。さりとて海外から来たお客様にとっては旅行中のワンチャンスだけなので、お客様の「富士山を見たい」気持ちが強ければ強いほど、ガイドの私は「お願いだから、一瞬でもいいから姿を見せてください!」と、はらはらしながら毎回必死の思いで富士山の方向へお祈りしています。(実際、私の箱根ガイドにおける富士山成功率は40-50%です。)

そんな貴重な富士山ですので、ガイドの時は「彼(富士山)は、とーーーーーってもシャイなので、普段はなかなか見ることができません。姿を見られるのは、雲が途切れた時、ほんの一瞬かもしれませんので、見つけた方は私のマイクを奪ってでも、すぐにお知らせくださいね!」とあらかじめお伝えしておきます。

泣く子も黙る富士山・・・のはずが

アメリカ人ご夫妻と箱根ロープ―ウェイに乗った時の事です。その日はあいにくの曇り空だったので富士山はほとんど諦めていたのですが、硫黄の煙がもくもくと立ち込める大涌谷に近づくにつれて、少しずつ青空が見え始め、なんと奇跡的に富士山が顔を覗かせました。

興奮した私が“Look!Mt.Fuji !!!”と叫ぶと、ご夫妻だけでなく、18人乗りのゴンドラに乗り合わせていた他の外国人観光客も一斉に振り返りました。

“Oh! That‘s the Mt.Fuji…”(あれが富士山・・・)
“Mt.Fuji…How beautiful…”(富士山・・・なんて美しいの・・・)

その美しさに見とれ。思わず息を飲む、世界中からやってきた外国人観光客とガイドの私。
とその時、ゴンドラ内の静寂を破ったのは同じ車内に乗っていた日本人のご婦人グループでした。

「そやねん!だから私がお隣の○○さんに、そらアンタは悪ぅないって言うてあげたんや!」
「○○さんいうたら、そういえばあそこの息子さん、今度大学受験やって?そら私も年取るわけやわぁ」
「あたりまえやん!うちのお父ちゃんなんてついこの間も・・・」

ぺちゃくちゃぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。ぎゃっはははは。
ぺちゃくちゃぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。ぎゃっはははは。
ぺちゃくちゃぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。ぎゃっはははは。

外国人だらけのゴンドラ内で、おそらく唯一の日本人と思われるご婦人方。おしゃべりに夢中で、富士山の存在にまっったく気づいていないのです。“Mt.Fuji” “Mt.Fuji” “Mt.Fuji”と、他の乗客が興奮気味に連呼しながらカメラで富士山の写真を撮りまくっている横でも、世間話が止まりません。

美しい富士山を見ながら、その標高や歴史についてガイドトークを始める私。
それを熱心に聞いてくださるご夫婦(と、ちゃっかり耳を傾けている外国人の皆様)。
そして、富士山に完全に背を向けたまま世間話が止まらない、日本最強種族、“大阪のオバちゃん”ズ

このまま富士山を見ずに終わってしまうのはあまりにも・・・と思い、お声をかけようとした時、ようやくオバちゃんの一人が富士山に気がつきました。

「ちょ・・・いややわぁぁぁぁぁ!!!あれ、富士山ちゃう?!?!?!」
「・・・いや!!ホンマや!!富士山や富士山!!!」
「わたしら、おしゃべりに夢中で全然気づかへんかったなぁ!!!ぎゃっはははは!!」
「ホンマや!!どんだけおしゃべり好きやねん!!!ぎゃっはははは!!!」

富士山に気づかなくても、気づいても、やっぱりおしゃべりが止まらない“大阪のオバちゃん”ズ。そのパワフルさと底抜けの明るさは言葉の壁を越えて他の乗客の皆様にも伝わったようで、ご夫妻と思わず目を合わせてふふふっと笑ってしまったのでした。

箱根駅伝、外国人の感想は・・・

箱根はその歴史においても、ご案内する事柄が多く、ガイドトークに事欠かないエリアです。江戸幕府の参勤交代制度、厳重だった箱根関所の「入鉄炮に出女」、日本有数の温泉地であると同時に「天下の険」と謳われるほど旅人泣かせの難所だったこと。冒頭お話しした、箱根駅伝についても、箱根の山道をバスやタクシーで通りながらご説明します。

初めて箱根をガイドした時、あの感動のドラマをお伝えしたくて、オーストラリア人ご夫婦に箱根駅伝をご紹介したのですが、あれ?お二人ともなんだかとっても怪訝な表情。

「・・・なんでそんな寒い時期に、わざわざこんな険しい山道を走るの?」
「もっと平地で景色のいいところでランニングを楽しめばいいのに・・・」

その後、アメリカ、イギリス、シンガポール、オランダ、インド、パキスタン・・・色々な国の方々と箱根をご一緒しましたが、富士山の美しさは万国共通でも、箱根駅伝の話題については “Terrible” “Crazy”と皆さま同じ反応。厚切りジェイソンさんの“Why?Japanese?!”状態です。

まあ、言われてみればその通りなんですけど・・・なんというか、その辛さを乗り越えて、たすきを繋ぐことが1つのドラマというか・・・うーん。日本人のお正月をお伝えするには、まだまだ私自身のガイドとしての研鑽が必要なようです。今年もKimmy、頑張ります!

山内 久未(やまうち・くみ)
慶應丸の内シティキャンパスで2年間ラーニングファシリテーターとして多くのプログラムを担当。退職後、約2年間の勉強生活を経て2015年春より通訳案内士(通称:通訳ガイド)として日々奮闘中。
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