ファカルティズ・コラム
2009年05月01日
『辞書引き学習』ブームから“学習”を考察する
あの分厚い国語辞書が、小学生の間でブームになっているそうです。
紙の辞書市場は、少子化や電子辞書の普及で縮小傾向でしたが、立命館小学校で行われていた「調べた言葉に付箋を貼らせる」「付箋が500枚、1000枚を越えた子にはミニ賞状を出して褒める」という『辞書引き学習』が注目され、取り入れる小学校が増えたことが要因のようです。
出版各社も、この学習法に対応する様々な工夫を行っており、その結果売り上げを倍増させる辞書も出ているとか。
これ、私にとってたいへん嬉しいニュースでした。
まさに「我が意を得たり」の思いだったからです。
さて、このニュースは単なる「紙媒体の復権」だけではなく、“学習”において大きく2つのの示唆を与えてくれると思うのです。
ひとつめは、前回のエントリーで述べた「幅広い知識(情報)を得るには検索型は不向き」という仮説が、立証されたという点です。(立証とはちょっと大げさでしょうか)
電子辞書は確かにピンポイントで言葉の意味を調べるには便利なのですが、同じページに他の言葉も載っている紙の辞書のように、「他の言葉もついでに知る」ということができません。
検索して言葉の意味がわかったら、そこで調べるという作業は終わりです。
やはり目的外の知識も自然と得られる“一覧性”という紙媒体の特性は、幅広い知識の習得にプラスと言って良いでしょう。
しかし、私は別に「ほうらやっぱり紙の方が」などと言うつもりはありません。
最近の別のニュースではこんなのもありました。
iPhoneやiPod-touchでアップルのアップストアからダウンロードできるソフトで、2500円もする辞書ソフト「大辞林」が人気だそうです。
これは正真正銘の電子辞書なわけですが、これがなんと2万5千本以上も売れているとか。
アップストアの他のソフトは、無料のゲームソフトも含め圧倒的に低価格ソフトの方が多いのに、です。
しかも売れている理由が、「実用的だから」ではなく「面白いから」らしく、ユーザーのレビューにも「辞書アプリなのに、使っていて楽しい。何時間でも単語を調べていたくなる」「次へ次へと、『読む楽しさ』と『知る楽しさ』が押し寄せて来ます」という、まるでゲームソフトのような言葉が並んでいます。
なぜ? その秘密は、広いタッチパネルを使ったユーザーインターフェースにあります。
言葉を検索して(ここまでは一般的な電子辞書と同じ)出てきた説明文の中の別の言葉を指でなぞると、そのタッチした言葉も調べることができるのです。つまりインターネットのブラウザと同様のリンクが、言葉のデータベースの中で縦横無尽に貼られているわけです。
入り口は“検索”でも、いったん中に入ればネットサーフィンと同様の“探索”できる仕組みになっているため、ユーザーは気が向いた方向に歩き回り、結果的に幅広い知識をお散歩感覚で得られるのです。
やはり幅広い知識を得るためのキーワードのひとつに“探索”があると言えるでしょう。
そうすると、辞書の理想的な姿はやはりSF映画でよく見かける薄く大きなパネルで、“一覧性”と“リンクによる探索機能”の両方を有したものと言えるかもしれません。
さて、そしてもうひとつの『辞書引き学習』からの示唆、それはやはり「付箋をどんどん貼っていく」ことに着目することで得られます。
キーワードは『見える化』です。
小学生達が、なぜ競うように辞書を引くのか。
それは「競争する」「褒められる」という要素ももちろん無視できませんが、一番大きいのは「自分の知識が増えていくのが付箋の量で実感できる」という点だと思うのです。
我々は、自分が勉強したことはテストや実戦の場での“結果”でしか実感できないことが多いと思います。
しかしこの付箋を貼り、それが増えていくことで、学習の“プロセス”からも「視覚的に実感する」ことができるのです。
“結果”だけでなく“プロセス”からも自身の成長が実感できれば、これは学習に対するモチベーションが上がるのも当然です。
ここで「でも、俺たちは小学生みたいに辞書を引くわけじゃないし」と考えてはいけません。
別にこれは『辞書引き学習』でなくても可能です。
何か調べたらそれで自分なりの知識データーベースを作っても良いでしょう。
Excelを使えばさして手間が掛かるわけではありませんし、データを追加する時にExcelを開く度に、自分の知識が増えていくのを視覚的に実感できるはずです。
そして最後に、本日は我々ビジネスパーソンが使える「成長を視覚的に実感できる」ツールをご紹介しましょう。
それは『KPT』というツールです。
元々はプロジェクトマネジメントの分野で、プロジェクトの進め方とメンバーのパフォーマンスアップに使われているツールですが、様々な分野や目的に活用できます。
ツールと言っても非常にシンプル。特別な道具は必要としませんし、紙でもパソコンでも可能です。
たとえば論理思考を身につけたいと思い、本やネット、あるいは慶應MCCのセミナー(笑)で学んだとしましょう。この時点ではスキルが完全に身についたとは言えないはずです。
さて、このKPTを使うために、まずA4の白紙を一枚用意します。
それを横長の状態にし、まず真ん中に縦に1本の線を引きます。そして左側のスペースを横に1本の線を引いて2分割します。左側に2つのスペース、右側に1つのスペースで3分割されました。
次に左上のスペースの左上に「K」と書きます。これは「Keep」の頭文字で、このスペースには「うまくいったから続けたいこと」を付箋に書いて貼るのです。
このケースで言うと、たとえば「しつこく自分に『True?』を問う」ことが意識できていたと感じたら、それを付箋に書いて貼ればよいのです。
左下のスペースには「P」、つまり「Problem」、「うまくできずに問題だと思っていること」を付箋に書いて貼ります。たとえば「ロジックツリーの切り口がすぐ思いつかない」などですね。
そうしたらこれら「K」と「P」を踏まえて、「T」、つまり「Try」したいことを付箋に書いて右側のスペースに貼ります。
たとえば「『True?』の後に『So What?』を問う」や「切り口を考える時はまずは汎用的な対概念を考えてみる」などです。
「うまくいったことをもっとうまくやるためにはどうればよいか」
「うまくいかなかったなら、どうすればうまくやれるようになるか」
この両面を考えることがKPTのひとつのポイントです。
我々は悪かった点については反省しますが、本来反省は良かった点についても行うべきです。
マイナスをプラスに持って行くより、プラスをさらに伸ばす方がより効果的・効率的な場合も多いからです。
そしてKPTはここからが重要。もちろん自分が掲げた「T」の活動を意識して行うのですが、それを一定期間後に再度見返します。
つまり最初にKPTを書くのはPDSのP(計画)であり、再度見返すのはS(評価)という、サイクルを回すことになるわけですね。
見返してどうするのか?
「T」で掲げたものができるようになっていたら、その付箋を一度はがして「K」に貼り直します。当然ですね。できていたことは今後も続けていけばよいのですから。
これを継続的に行うとどうなるでしょう。
続けたいことの「K」のスペースに貼られた付箋がどんどん増えていきますね。
そう、自身の論理思考のスキルが着実にアップしていることが、「視覚的に実感」できるのです。
そうなればもう『辞書引き学習』をやっている小学生と同じです。
「もっとKの付箋を増やしたい」「次は何にTryしようか」
このようにごくシンプルなツールである『KPT』は、様々な領域で「視覚的に成長を実感させることで学習を促進する」ことができます。
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