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ファカルティズ・コラム

2011年05月12日

ショウ・マスト・ゴー・オン

このブログでも度々語っていますが、私は元々ハードロック/ヘヴィメタルが好きで音楽を聞き始め、自分でもギターを弾き、バンド活動をやっていました。
残念ながら今はタマに自宅で弾くだけですが(笑)
ところで、楽器をやっていた方ならお分かりの通り、演奏中のトラブルは日常茶飯事です。
たとえば弦が切れる。
その時どうするか?
スタジオでの練習やリハーサルであれば、「ゴメンゴメン、弦切れたわ」と言って演奏を止めることも可能です。
しかしこれがライヴ本番であれば?

もちろんスタジオの時と同様に演奏を止めることも可能でしょう。
お金を払ってライヴに足を運んでくれているオーディエンスに、「満足のいく演奏を聴かせる」ことを重視すれば、この判断も決して間違っていません。
これはプロ/アマ関係なく、ミュージシャンであればそういう判断をする人もいるでしょう。
しかしライヴはその1曲だけで成り立っているわけではありません。
演奏を止めてしまえば、全体の流れがそこで途切れてしまいます。
プレイヤー、そしてオーディエンスともに盛り上がってきたところで演奏がストップ。
すーっと冷めていく会場の空気。
直前までの熱を取り戻すのはタイヘンです。
だからプレイヤーはバックアップ手段を準備します。
ギタリストであれば、要するに予備のギターを置いておくわけですね。
弦が切れたら素早くボリュームペダルで音を絞り、シールド(ギターとアンプを繋ぐコード)を予備のギターに繋ぎ替える。
そして何食わぬ顔をして演奏を再開する。
万が一ギターソロの最中であれば、メンバーに目配せをしてソロパートを引き延ばしてもらったり、キーボーディストがアドリブでソロを弾いたりする。
「曲を止めない」。その1点のために、こうしたバックアップの体制と運用があるのです。
ドラマーもしばしばスティックが折れるので、当然何本も予備を準備しています。
(ベースの弦は太くて切れにくいので、バックアップを用意しない人も多いですが)
これ、クラシックの場合はちょっと違っていて、たとえばヴァイオリンの弦が切れた場合は、後ろの奏者のヴァイオリンと交換します。
そしてこれを順繰りに行って(つまり弦の切れたヴァイオリンを後ろにリレーしていく)、最後列の奏者がステージから下がり、予備を持ってこっそりと演奏に再び加わります。
同じパートを何人もで演奏する『合奏』だからこそできるバックアップの体制と運用と言えます。


万が一のトラブルに備えた『バックアップの体制と運用』。
この重要性は、お話ししたライヴでの演奏だけではありません。
「止めてはならないもの」が存在する全てのシステムにおいて必須です。
稼働中の工場のライン。
銀行のATM。
電気・水道・ガスのようなライフライン。
そして原発の冷却装置。
ここでポイントとなるのは、バックアップの『運用』です。
単に予備を用意しておくだけでは不十分。
トラブル時に「どういう手順で予備に切り替えるか」が事前に明確になっており、かつ切り替えのトレーニングが行われていなければなりません。
そうでなければ、予備、つまりバックアップの体制は「とりあえず用意しただけ」で終わってしまうからです。
ギターの弦が切れて予備に交換する際、ボリュームを絞らなかったらノイズが出ます。それだけで曲をぶち壊しにすることすらあるのです。
世の中の様々なバックアップ。
この『運用』について問題がないかどうかをチェックしてほしいものです。


さて、バックアップの体制と運用が確立されていたらトラブルへの対処は完璧でしょうか?
残念ながら完璧なバックアップなど存在しません。
世の中、リスクをまったくのゼロ%にすることは論理的に不可能です。
また、できるだけゼロに近づけようとするのもなかなか難しいものです。
なぜならば、ヒト・モノ・カネの資源は有限だからです。
予備のギターを5台用意するのはコスト的にも、またスペース的にも難しい。
防波堤の高さも高ければ高いほど良いとは言っても、何十年も大津波が来ない状況で予算を取るのは難しいのです。(結果論で「ほら見たことか」は誰でも言えます)
しかし、「現在のバックアップでは対処できないトラブルに対してどう対応し、どう被害を最小化するか」は考えておくべきでしょう。
「今コストをかけなくてもできることは何か」です。
では、予備のギターの弦も切れてしまった時、ギタリストはどうするか。
そのまま演奏を続けるのです。
幸いギターは同じ音を異なる弦で弾くことが可能ですし、全く同じ音でなくてもオクターブ違いであれば弾くことは可能です。
しかし正常な演奏とは弾くポジションが違ってきます。
そのための練習を特別につんでいるギタリストは少ないでしょうが、経験と勘で、探り探りでも弾き続けるのです。
ATMが止まり、予備に切り替えることも出来ないとしても支払い業務を止めるわけにはいきません。
原発のバックアップ電源が壊れてしまったとしても、原子炉は冷却し続けなければなりません。
「止めるわけにはいかないものをどう止めないようにするか」
「止まってしまったことを想定し、それにどう対処するか」
こうした『バックアップも機能しない場合に備えた善後策』は、どれだけのシステムで考えられているのでしょうか。


ショウ・マスト・ゴー・オン
QUEENの名曲です。
ショウは続けなければなりません。
ライフラインは止めるわけにはいきません。
日本経済を停滞させるわけにはいきません。
私たちは働くこと・生きること、というショウを続けていかなくてはならないのです。
であれば、バックアップの体制を用意し、運用をトレーニングする。
そしてバックアップが機能しない時にどうするかを考え、準備しておく。
今更ながら、その必要性を痛感しています。

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