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慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

ファカルティズ・コラム

2014年08月20日

牛丼のWTPを考えたら日本経済への処方箋が見えてきた?

まず、残暑お見舞い申し上げます。
また、大雨の被害を受けた方々に対しては、かける言葉もありません。
迅速な救助活動と復旧を祈るしかないのがもどかしいです。
さて、本題に入りましょう。
前回のエントリー『「適正価格」とは』では、すき家の労働環境改善とそれに伴う原価上昇による牛丼の値上げについて取り上げました。
そしてWTP(willingness to pay:顧客が喜んで支払う価格)こそ「適正価格」であり、
「あなたは牛丼の適正価格、すなわちWTPはいくらだと思いますか?」
という問いかけをしました。
今回は、私になりに考えた牛丼のWTP、そしてそこからさらに考えたことをお話ししてみようと思います。



牛丼屋という業態で、かつコスパという従来のモノサシで考えれば、「300円前後」が牛丼の適正価格ではないでしょうか。
ポーターの競争戦略のフレームワークである5フォースで考えれば、この価格はハンバーガーショップやうどん屋など、他のファストフードという「既存の競合」との価格比較からも適切だと考えます。
また、牛丼をはじめとしたお弁当を売っているコンビニやスーパーなどの小売店、そして自前のお弁当のメインを提供する冷凍食品などの食品メーカーという「代替品の脅威」との価格比較からも、まずまず競争力のある価格だと考えます。


しかしこれはあくまでも「牛丼屋で提供する牛丼というジャンル」の適正価格。
ここから先は、牛丼業界のプレーヤーである「すき家」の牛丼について考えてみましょう。
先頃すき家は、現在税込み270円で提供している牛丼並盛りを291円に値上げすると発表しました。
予想通り300円前後ですね(笑)
しかし、私がすき家の経営者なら、ここは思い切って「350円」を提示したいと思います。
なんと現行より70円の値上げ!
「それじゃ誰もすき家に行かなくなるよ」
しかし、本当にそうでしょうか?


この350円という価格戦略の背景には、前回示した「企業姿勢」という新たな購買判断のモノサシがあります。
現代の消費者は、決してコスパだけで何をどこで買うかを決めていません。
そして「今はこれ」という空気に弱いのも特徴です。
だからこの価格には当然根拠があります。
そのベースは、労働環境の圧倒的改善です。
既に発表しているワンオペの廃止だけでなく、バイト代も現行から50円アップさせます。
他にも福利厚生や様々な表彰制度などで「飲食店でのバイトならゼンショー」と言われるくらいの労働環境を提供します。
値上げによる利益は、すべてこの労働環境の改善とメディア戦略につぎ込みます。
メディア戦略とは、「生まれ変わったゼンショー」「日本一労働環境の良い外食チェーン」としてのブランドを作り上げることです。
そうすると、まず従業員のモチベーションが上がり、接客サービスも向上します。
そうすると、お客も「気持ちが良い店」と感じ、それがSNSなどを通して拡散されれば、集客にも繋がります。
そして「高くてもすき家で食べるのがカッコイイ」となれば、それは値上げによって離れたお客すら戻ってくることが期待できます。


これは決して夢物語ではありません。
もちろん最初に始める企業は、体力が必要です。
そしてこれは賭け、ギャンブルであることも確かです。
しかし戦略の本質が「選択」である以上、現状の打破には「今までは違う何かにベットする」のは当然です。
そして外食業界トップであるゼンショーなら、できなくはないはずです。


さらに言えば、これは民間の力でデフレを無くすことにも繋がります。
なぜならばこれが成功事例となれば、追随する会社は必ず出ます。そうして「社会貢献のために値上げする」企業が増えれば、必然的に物価は上がるからです。
ただ、これはゼンショーだけでやるのではなく、「味方」や「パートナー」が必要です。
たとえばメディア戦略の一環として、日経新聞やそのグループ会社であるテレビ東京と組んで、一大キャンペーンを張るのも良いでしょう。
また、前回も名前を挙げたGoodGuideを傘下に収めた、米国ULの日本法人を巻き込んで、日本の食の社会性ランキングを明らかにすることも良い選択肢です。
そして国までも巻き込み、工業製品の安全基準のSTマークのような、社会性の高い飲食店の認証マークの制定にまでもって行けば、外食産業、ひいては日本企業全体のCSRの飛躍的向上にも繋がります。
それは世界に対する大きなアピールにもなるはずです。
デフレを止め、日本経済を活性化するのは国全体の課題です。
しかし現状それは政府頼み。
具体策も日銀を中心とした金融政策が中心になっています。
しかし、消費者の購買基準が多様化、特に「企業の社会性」にシフトしている今であれば、民間にもできることはあるのです。
ちょっと面白いと思いませんか?


さて、前回と今回のエントリーは、「すき家の値上げ」というニュースから思考を展開し、最終的にはわが国のデフレ克服策を提案しました。
ただ、私のメッセージはそれだけではありません。
デフレ克服に代表されるような「現状の変革」のためには、こうした思考の展開が必要だということも、もうひとつのメッセージです。
何かアイデアが浮かぶ。
そこで「ありえないよな」と安易に考えるのでなく、「でも、もしやったらどうなるのだろう?」と考え、自由に空想、妄想する。
もちろんそれだけでなく、「で、どうやったらそれが実現できるのだろう?」と考えてみる。
それも「誰の助けがあればいいのだろう?」と、決してひとりだけで実現しようとしない。
単に目の前の問題をモグラ叩き的につぶしていくだけでなく、こうした思考を展開させることが、今私たちビジネスパーソンに求められているのではないでしょうか。


あなたは、現状の何を変革したいと考えていますか?
そしてそのために、どんな空想・妄想をしますか?

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