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ファカルティズ・コラム

2015年02月03日

イノベーションの失敗確率を下げる

先日、友人も監修者に名を連ねている『ザ・ファーストマイル』の著者を招いた、出版記念トークイベントに参加してきました。
著者であるスコット・D・アンソニーは、イノベーション論の大家であるハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授が創設したイノサイト社の共同経営者として、シンガポールを拠点に活躍しています。
以下にAmazonでの紹介文を引用します。
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本書では、アイデア(商品、サービス)を計画から現実に移行する重要な局面を「ファーストマイル」と呼ぶ。ファーストマイルは多くの起業家や企業内のイノベーターを悩ませる。また、彼らの行く手を阻む危険に満ちた場所(時期)でもある。現実問題として、素晴らしいアイデアが市場に受け入れられた確率は1%以下に過ぎない。しかし、失敗原因はアイデアの良し悪しにはない。アイデアを推進するプロセスにある。ファーストマイルを乗り越えるために何を準備するべきか。長年イノベーションの戦略アドバイザーとして活躍する著者が、アイデアを市場で成功させるために必要な新たなツールと事例を詳述し、苦労して得た教訓とノウハウを提示する。
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私は、世の中では膨大な数のイノベーションの「種」が生まれ、その中のほんの一握りが花を咲かせていると考えています。
反対から見れば、アイデアそのものは良かったのに、「やり方がまずかった」とか、「早めに軌道修正をしなかった」ことで、花開かなかったイノベーションの種が膨大にあるということです。
本当にもったいない。
私自身も、新規事業開発のお手伝いをさせていただいてますので、他人事ではありません。
さて、「イノベーション」には様々な定義がありますが、私は「Innovationとは、Invention(発明)とDiffusion(普及)の組合せである」をよく使います。
イノベーションの「種」とは、まさにInventionのプロセスで産み出されるものを意味します。
つまり、イノベーションが「種」で終わってしまうのは、Diffusionに問題がある。
このDiffusionの最初のステップが、本書のタイトルである「ファーストマイル」、私なりに解釈すれば、「周りを巻き込みながらイノベーションの種を検証する」プロセスです。
ちなみに、ファーストマイルに続くDiffusionのステップは、「実行し、改善のサイクルを回す」、要するにマネジメントと考えて良いでしょう。
著者から直接話を聞き、そして一読しての感想ですが、正直目を見張るほどの斬新さはありません。
しかし、非常に良くファーストマイルの課題とその解決策が整理されており、かなり「使える」と感じています。


特に私が「使える」と感じたのが、「DEFTのフレームワークとツール」です。
DEFTとは「手際が良い」という意味のwordですが、多くのフレームワークの例に漏れず、4つの活動の頭文字の集合体であり、ファーストマイルのプロセスで行うべき活動を定義しています。


最初のDとは「Document」、つまり「頭の中や議論でうだうだ考える(言う)前に、ちゃんと書き出してみよう」ということです。
たとえばあるアイデアの想定顧客が複数あるとしたら、それを議論してターゲット顧客を決めるのでなく、本書でも紹介されているビジネスモデル・キャンバスを使って、想定顧客別に何通りものビジネスモデルを可視化してみるのです。
経験や常識に支配された感覚論だけでなく、まずは書き出して「俯瞰」する。
これを我々は意外におろそかにしています。
実際、新事業創造のワークショップでは、思いつきを感覚的議論で具体化したアウトプットが、ラフ案の段階ではよく出てきます。


書き出したら、次にやるべきはE(Evaluate)、「評価」です。
複数のビジネスモデルキャンバスを、その実現性(様々なコストやリスク)、そして実効性(売上高や利益、社会へのインパクトなど)で評価し、修正や選択を行います。
また、その過程で見えてくる新たなビジネスモデルや、様々なクリアすべき課題も、またちゃんと書き出します。
私がこのプロセスで特に有用だと感じたツールが「逆損益計算書」です。
これは要するに「利益を売上とコストに、さらに売上を客数と客単価に」のように分解したロジックツリーをつくることなのですが、PLをボトムラインから考えることにより、そのプランが無謀なのか否かかが見えてきます。


こうした評価したら、そこまでのプロセスで見えてきた課題の中から、重要なものにF(Focus)、つまり絞り込みます。
たとえば「顧客の何がわかれば、このプランがニーズに合致するか否かがわかるのか」のような、検証すべき仮説を明確にするのです。


そうしたら、それらの仮説を実際にT(Test)、実験することで検証します。
Eが机上での検証作業であるのに対し、こちらは実地試験という検証作業と考えて良いでしょう。
そのやり方は様々ですが、本書ではそれを「風洞実験」にたとえています。
飛行機の開発において、当然机上で浮力計算はやる。しかしそうして設計した機体の「実機」を作っていきなり飛行実験をやるのは愚かです。
万が一計算ミスで事故にでもなったら、莫大な制作費、そして何より人名さえも失ってしまうからです。
だから模型を使った風洞実験が必要です。
ビジネスでのイノベーションであれば、想定顧客へのインタビューや、小規模でのテストマーケティング、無償のプロトタイプによるモニターなど、様々な風洞があるはずです。
ただ、著者が語っていたように、インタビューにおいては「顧客は悪気無く嘘をつく」「インタビューは自分のオフィスでなく必ず顧客のフィールドで行う」は留意する必要があるでしょう。


かなり概論ではありますが、これがDEFTのプロセスとツールです。
もちろんTで終わり、ということでなく、テストで見えてきた仮説をまたEやFに戻したり、またEやTのステップで思いついたアイデアをまたDしたり、といったように、この中を行き来しながら、ビジネスプランをブラッシュアップさせていきます。
いかがでしょうか。
イノベーションに関わる方なら、一読して損はないと思います。
本書のサブタイトルは「イノベーションの不確実性をコントロールする」となっていますが、個人的には、不確実性をコントロールすることで「成功確率を上げる」というより、「失敗確率を下げる」ために、本書はとても有用だと考えます。
最後に、著者が語っていた「ファーストマイルに向く人材像」で、本日は締めたいと思います。
「ファーストマイルで必要なのは、結果を出すスキルではありません。学ぶスキルです」

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