KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

ファカルティズ・コラム

2024年07月04日

人材育成に正解なし

先日、ある研修内でのディスカッションでこんなシーンがありました。

この研修はケースを通して課題解決のスキルを身につけることが目的でしたが、参加者が管理職への昇格試験を目前にしていることに加え、ケースの内容が組織におけるコミュニケーションや人材育成を取り上げているため、ケースの論点も当然コミュニケーションや人材育成など、マネジメントが中心になりました。

研修ラストの振り返りのセッションで、ある参加者がこう意見述べました。

「やはり部下ひとりひとりをちゃんと見て、ひとりひとりに合った育成をしていくことが重要だと痛感しました」

頷く他の参加者たち。
しかし、もっと議論を活性化させたい私は、あえてこう突っ込みました。

「なるほど。しかし、本当にひとりひとりに合った育成が正しいのでしょうか?」

そしてクラス全体に問いかけました。

「ひとりひとりに合った育成のリスクやデメリットって何でしょう?」

すると、少しの沈黙の後、様々な意見が出てきました。

「そちらに時間を割こうとすると、マネージャーの負荷が大きいですね」
「そうそう、他にも山ほど仕事あるのに、そこまでやってられない、というか」
「でも、部下が育たないと自分でなんでもやることになって、却って負荷が増すのでは?」

どれもロジカルな意見であり、健全な議論が続きます。
さらにこんな意見も出てきました。

「ひとりひとりに合わせて誓う指導をすることで不公平感を感じる部下も出てくるのでは?」
「確かに、それがモラハラと受け止められるリスクもあるよね」

この議論のきっかけとなった参加者も再び口を開きます。

「じゃあどうすればいいの? それでも俺はちゃんとひとりひとりと向き合いたいんだけど」

ここで私が介入します。

「はい、じゃあ整理しましょう。ひとりひとりと向き合う、確かに理想かもしれませんが、そこには自身の負荷と不公平感によるモラハラのリスクもある、ということですね?」
「では、順に考えましょう。負荷を少しでも減らすためにはどうすればいいと思いますか?」

論点を変え、議論は続きます。

「部下全部同じ育成方法、というのも的外れになるので、部下をいくつかのタイプに分け、このタイプにはこのやり方、というパターンを決めておくといいのでは?」
「なるほど、ではどうやってタイプ分けする?」

ここで私からのアドバイス。

「たとえば社交的と内向的、といった性格の縦軸と、深堀して考えるかアイデアマンか、みたいな思考の癖の横軸を組み合わせてみたら?」

あー、といった顔で頷く参加者たち。

「もちろん他にも色々軸は考えられますし、職種や組織風土、そしてもちろん部下の顔ぶれによっても最適な軸の組み合わせは変わってくると思います」
「重要なのは『自分ならではの育成スタイルの確立』かもしません」

この後、モラハラのリスクについては
・ひとりひとりに合った育成をすることをあらかじめ周知しておく
・人前でのダメ出しは極力避け、1on1ミーティングで行う
などのアイデアが出てきました。

しかし議論のきっかけとなった参加者はまだ納得いかない顔。
私は最後にこう締めました。

「でも、ひとりひとりに向き合うのも何も間違っていないんですよね。どんなに負荷が増えようが、モラハラのリスクがあろうが、もっと言うとそれで嫌われ者になろうが、結果的に部下が成長して成果を出してくれればいいんですよね」

「先ほど重要なのは『自分ならではの育成スタイルの確立』と言いましたが、その裏には自分なりの『育成哲学』とそれを貫く『覚悟』が必要だと思います」

「結局人材育成に正解なんてないんですよ。Z世代は~とかも含めて、世の中には様々な人材育成の考え方や方法論があり、それを鵜呑みにすることの方がリスクがあります」

「だから是非、皆さんも自分なりの育成哲学とそれを貫く覚悟を持ち、自分なりの育成スタイルを確立していってください」

私もここまでの前向きかつ活発な議論になるとは思ってもいなかったのですが、参加者たちの意識と思考力の高さに支えられ、気づきの多い研修となりました。

 

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