2014年08月12日
『リーダーのための仕事哲学』参加レポート[Session2]
森 旭彦
6月17日、18時30分
慶應丸の内シティキャンパスは、その名の通り丸の内にある。日が沈みかけた東京駅で降り、駅に向かう人たちに逆らい、高層ビルのネオンをすり抜けて教室に向かうというのも不思議な感覚だ。
今回のテーマは『独自の世界観を持つ』だった。最初に講師の安藤さんの講義がある。
誰しも優れたリーダー像について、比較的若い頃にその存在の原型を見出すものだと思う。ある人にとっては部活のキャプテンがそうだったかもしれないし、本などのメディアを通して知った人物かもしれない。「人を率いる存在」ということは共通するけれど、案外、バリエーションがあるんじゃないだろうか。
そんなリーダー像について、安藤さんから面白い喩えが紹介された。それは「部下に見えないものを見ている」ということだ。「部下とリーダーの違いはポジションにある。たとえ同じ視野でも、立ち位置が違えば見えるものが変わる。部下と違う視点に立って、部下が見えないものを見て、彼らに伝えることができるのがリーダーの役割」だという。
視野ではなく視点の問題だということだ。特に「同じ視野でも」というところが興味深い。リーダーになるためには、より大きな視野を獲得しなければならないことに意識が向くが、少し高いところから見ると物事が違って見えるように、そもそもの視点が重要だということだ。その視点を生み出すために、独自の世界観が必要だという。
たしかにイノベーションを起こす企業には独自の世界観がある。現在のGoogleの会社情報には「Google の使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすることです」と掲載されているが、Googleの全てを支える独自の世界観というのは「世界中の情報を整理し尽くす」ということだったと私は記憶している。
さらにリーダーにおいて必要な「先見性」に関連する面白い調査が紹介された。その調査はアメリカで行われたもので、組織内のポジション間の「どれだけ先を見ているか」にどの程度の隔たりがあるのかについて明らかにしている。たとえば一般社員が見ている「先」は今日だという。さらに課長は半年。部長は1年。社長で3年。オーナーになってようやく10年になるという。社長で3年というのは驚きだったが、一般社員が今日というのには驚きを通り越して笑ってしまった。
また、リーダーと異端児は紙一重であることも興味深かった。「どんなに強い願いやアイデアを持っていても、周囲の人の共感を得られなくては、そのリーダーは異端児になる」という。
異端児という言葉にはハッとさせられる。たとえ同じだけのアイデアや先見性を持っていても、周囲の共感によって、天使と悪魔ほどに開きが出てしまうのだ。
ノンフィクションでリーダーシップを考える
今回も事前課題が出ていた。大学受験の小論文のような課題だ。説明文を読み、登場人物の心理を分析したり自分の見解を述べたりするものである。また、これらの事前課題は実際の企業におけるケーススタディーをベースに作られているため、基本的には実話、ノンフィクションを扱うことになる。これもこの講座の面白さのひとつだ。実際の経営者と同じ立場に立たされた時に自分はどう行動するか。それをディスカッションやディベートを通して深めていく。ちなみに最後に、どこの企業のものか教えてもらえる場合もある。
今回は「プロジェクト崩壊の危機」というタイトルの課題だ。ざっと概要を説明すると、国内での業績が低迷する自動車部品製造企業(主にブレーキ)で働く工場長が、ある日、国内工場の海外移転プロジェクトのリーダーを任される。海外移転は業績回復の一手でもあることから、モタモタしてはいられない。しかし社内の意見は移転への賛否で分かれる。すなわち「国内工場の維持」と「海外への移転」に社内は分裂してしまったのだ。特に最古参である開発設計の担当者は「工場を海外に移転することや、現在の取引先以外と取引することは信義に背くことになる」と言い、若手である営業担当の責任者は「製造のみならず、開発設計、本社機能を含めて海外に移転することを夢としたい」といった具合に見事に分かれてしまった。
工場長は開発設計の責任者や営業担当に意見を聞いて回るが、一向に収拾をつける手段を見いだせない。
こうした状況下、つまり分裂する両者の意見を同時に希求できない”ジレンマ”をリーダーとしてどう解決すべきかというのが課題の趣旨である。
私の意見としては、「この会社はそもそも、『ものをつくる人(開発設計担当)』と『ものを売る人(営業担当)』がまったく別のことを考えている時点で、海外に行こうがどこへ行こうが機能不全に陥って、結果は同じ。この両者が同じ方向を向けるような体制を構築してから、海外移転などの動きを模索するべきだ」というものだった。
課題を家でひとりで考えている時というのは「答なんてこれに決まってるじゃないか」と思っているのだが、それを持ってグループでディスカッションすると、集まった人の数の分だけアイデアがでてくる。
私のグループでは、「メリットとリスクを考えた上で、工場長がどうしたいのかの意志を表明すべき」「移転は目的ではなく、あくまで手段にすぎない」「アジアといっても広い。ニッチな地域を狙わなければ、後追いに商機は無いのではないか」といった意見が出てきた。賛同できるかは別として、どれにも説得力がある。
さらに面白いのは、この課題というのは、講座の場にいるみんなが解いたことのない課題だ。しかも業種も違う。私にとっては少なくとも工場長なんて、まず会わない。
しかし、それぞれの仕事で行ってきた問題解決のノウハウを総動員してみんな課題をこなしてくる。それがぶつかり合う時、「そんな考え方もあるのか」「その視点は考えつかなかった」という発見がある。これがとても頭をつかう。まさに頭のスポーツだ。
そんなグループ全員でディスカッションをしている中で「この企業は靴をつくってはどうだろうか」というアイデアが出てきたのは面白かった。これは「事業を多角化してはどうか」という前提のもと、ブレーキをつくる技術を開発しているのであれば、摩擦係数に関連する技術開発が行われているはずであり、それを使って靴を作れば面白いのではないかというアイデアだった。
私たちグループのメンバーはおおいに笑った。たしかに「フェラーリを止めたブレーキが、きみの足を止める」なんてキャッチコピーで商品化したら面白そうだ。
ディスカッションをしていてふと思う。「現実の仕事でも、こんなふうにディスカッションできたらな…」と。仕事ではどこかで自分の意見を曲げてしまっている。社内政治や、事情がある。私は会社勤めこそしていないけれど、それでもいろいろな事情がある。
しかし、そんな事情から自由になった時の対話は、目的が明確で、心が踊る。私は、どうして現実の仕事ではこうした自由さがないのか、残りのセッションで考えてみようと思う。
プログラム詳細: 『リーダーのための仕事哲学(現:人と組織を動かすリーダー哲学)』
講師: 安藤浩之
執筆者:森 旭彦(もり・あきひこ)
ライター
京都生まれ。主にサイエンス、アート、ビジネスに関連したもの、その交差点にある世界を捉え表現することに興味があり、ライティングを通して書籍、Web等で創作に携わる。
尾原史和著『逆行』(ミシマ社刊)、成毛眞著『面白い本』『もっと面白い本』(岩波書店)、阿部裕志・信岡良亮著『僕たちは島で、未来をみることにした』(木楽舎)ほか、東京大学理学部『リガクル』などで多数の研究者取材を行っている。
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