2014年10月14日
『リーダーのための仕事哲学』参加レポート[Session4]
森 旭彦
意志を貫く原動力、どこにある?
この講座の課題は、長文を読み込んで自分の意見をまとめなければならないため、わりとハードではある。しかし、どれも実際のケースだから、今回はどんな課題だろうとついつい楽しみにもなってしまう。
今回の課題は「事業変革と抵抗への対抗」である。課題で意見をまとめ、講義ではディスカッションを行う。課題のサマリーをご紹介する。
中堅の化学メーカーを舞台に、登場人物は3人。社長、副社長、社長室長だ。室長が中心となって新規事業を企画している。企画開始から半年たち、役員会議で全役員に上申することになった。ここで室長は副社長の反対に遭ってしまう。それもそのはずで、副社長には新規事業のことは知らされていなかったのだ。
役員会議が終わると社長は室長に「副社長の説得は私に任せてもらおう」と提案した。室長はそれに従う。
すると次に室長は、副社長に呼び出され「政治力をつかって人を説得しようとする根性が気に食わん」と叱られる。さらに副社長に新規事業のダメ出しをされ、「失敗したらどうするつもりだ?」と問い詰められる。室長はこれに「失敗は考えていないが、失敗すれば辞表を書く覚悟です」と返答。さらに副社長が切り返し「君は戦国武将の世に生きているつもりか。君は自分の職業人生を賭ける気があるのか?」とつっこまれる。
そうこうしているうちに、反対論者が増え、室長の新規事業提案は、社長の「強権を発動してもうまくいかない」という言葉とともに頓挫してしまう。
設問は3つあったが、印象的なものは「経済情勢が良いとは言えなくても物質的精神的に豊かな私たちは、どうすれば貫く強い意志を持つことができるのでしょうか」だった。
この課題での室長は、明らかに意志が弱い。新規事業を提案するも、社長におんぶにだっこである。さらに失敗した時のことを問い詰められれば「辞表を書く」と言い放つ。辞表を書くなんて、ドラマでしか見たことがない。
ドラマになぞらえていくとすれば、失敗した時のことを問い詰められたタイミングで「倍返しだ!」と言っていればまだ良い流れになっていたと思う(何の倍返しか分からないが)。そうして私の考えた答えは…
「私は、時代さらには外部環境のせいにしている限りにおいて、強い意志などというものは永久にその人に宿らないと思っています。その人の意志を確固たるものにするのはその人の使命感です」
といった、ド直球すぎる仕上がりに。今回はあまりに室長に感情移入できないため、こういった答えになってしまった。
強い意志と巧みな意志
さっそく講義が始まる。講師の安藤さんはいつも皆のディスカッションを深いところへ連れて行く。自分は何もしない。”連れて行く”だけだ。しかし結果として、安藤さんがいるからこそ、全員がまったく違う次元の議論ができたり、得るものがどんどん大きくなったりする。
「意志にも2つあります。ひとつは”強い意志”です。強い意志を持って生きた人物として、坂本龍馬がいます。尊皇攘夷を価値観・信条として活動した愚直な人物です。そしてもうひとつは、”巧みな意志”というものがあります。問題解決における巧みさというのは、異なる双方の言い分を聞き、いかに折り合いをつけることができるかです。そして、強い意志とともに巧みな意志を使っている人もいます。見習うべき存在と言えるでしょう」
そうして紹介されたのが、下着メーカー「グンゼ」の創業者、波田野鶴吉だった。波田野氏は現在の京都府綾部市に地域産業振興(蚕糸業)のために会社を立ち上げた。
波田野氏は、もともと小学校の先生だったそうで、教鞭をとっていると子どもたちが眠そうにしているのに気づいたという。この地域は昔は蚕糸業の中心の郡部だった。当時は技術が発展していなかったため、売っても安かった。それゆえ、子供もみな「夜なべ」して働いていたので昼は眠くなるということだ。
「これは、いけない」と思い立った波田野氏は、グンゼを創業する。原材料の調達は、郡部の家庭の父親・母親が担う。そして社員として子どもを働かせた。生産性を上げるために海外から技術を輸入した。
そして面白いのは、本社工場の敷地内に学校をつくり、子どもたちをそこで教育したこと。そして卒業したら会社に就職できるようにした。さらに株を父親・母親に無償で譲った。すると家庭が裕福になる。良いコンディションの中で生産するから、丁寧につくるようになり、クオリティも上がる。
グンゼは子どもをきちんと教育し、地域を潤すことに、企業として成功したのだ。生産と供給を非常にうまく回しながら、社会的問題を解決するという優れたビジネスモデルは、ソーシャルビジネスの原点でもあるという。
郡発展のために農家に養蚕を奨励することが郡の急務であり「郡是」であると考えたことが、グンゼの社名の由来だという。こんな会社が日本にあったんだと驚いてしまう。
「さて、私たちはこうした人物になれるでしょうか?」安藤さんは問う。
「人間に対する深い洞察がなければ、人を変えることはできません。ぜひ深い洞察をしてほしいと思います。そして、今紹介した”強い意志”と”巧みな意志”を持った人々は、みながけっぷちでの”欠乏動機”があります。つまり満たされないものがあるわけです。今の時代、欠乏とは何でしょう? どうすれば意志を貫くことができるのでしょうか?」
かくしてディスカッションが始まった。
自分の人生に、ふと気づく
ディスカッションでは、課題の問題に対する答えをグループに分かれてディスカッションし、全体で講評しながら再びディスカッションするというもの。
「若い室長が社長・副社長に長けている部分は、”よりよく変えること”を考える力。一方で年上の人には経験がある分、現状維持に長けている。変える側と維持する側はそもそも長所が違う」
「職種によっては、自分のやった仕事がどこに役立てられているのかが見えにくい。たとえばB to Bになると、お客さんの声が聞こえにくい。職業人生といっても、それはやるせない」
なるほど、みんな考えてくることが深い。さらにどんどん深まっていき、自分のアイデンティティまでが深堀りされていく。私にも安藤さんから質問が飛んできた。「どうしてライターになったんですか?」だった。
私がこの仕事を選んだのは、圧倒的な消去法だった。私はおそらく、高校からずっと、自分の将来の仕事を考えていた。大学にそれを求めてもうまくいかず、受験にも失敗する。2年間のニート生活の経験を経てようやく大学に入るも、やはり自分のやりたい事は見つからなかった。あの日々は、ただ空だけが青かった。
さらに就職活動でも失敗する。ほとんど笑えるほど、冴えない人生だったのだ。一体どうしようかと思った時に、文章を書くのは最低限好きだということに気がついた。「どうせもう失敗はありったけしてるんだし、ダメもとでやってみるか」と思って始めてからもうすぐ10年。気づけば東京で書籍の編集やライティングを仕事にし、こんなレポートまで書いている。
私にあったのは、人生全体における圧倒的な「成功の欠乏」だった。なんというシンプルで不運な人生なのか(笑)。私の人生は基本的に「今」と「これから」以外全部つまらないので、あまり過去の話はしてこなかったが、言葉にして他人からフィードバックをもらうと「そういえば、そうだったな」といろいろ思い出すことがあった。
とはいえ、今だに何かに成功したという実感は、全くない。まだまだ暗い青春は続いているのだ。
プログラム詳細: 『リーダーのための仕事哲学(現:人と組織を動かすリーダー哲学)』
講師: 安藤浩之
執筆者:森 旭彦(もり・あきひこ)
ライター
京都生まれ。主にサイエンス、アート、ビジネスに関連したもの、その交差点にある世界を捉え表現することに興味があり、ライティングを通して書籍、Web等で創作に携わる。
尾原史和著『逆行』(ミシマ社刊)、成毛眞著『面白い本』『もっと面白い本』(岩波書店)、阿部裕志・信岡良亮著『僕たちは島で、未来をみることにした』(木楽舎)ほか、東京大学理学部『リガクル』などで多数の研究者取材を行っている。
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