KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2012年11月20日

OTAKIFICATIONの時代がやって来た 前野隆司さん

日本の何が問題なのか?
こういう問いを投げ掛けられた時に、「ここがおかしい!」という文句が言える人は無数にいる。
では、どうすればよいかと重ねて問われた時に、「全体をよく見て考える必要がある」というところまでは、多くの人が言える。 
しかし、「具体的にどうやるのか」という答えがない。
それが、よく見受けられる光景ではないかと前野隆司先生はいう。
photo_instructor_645.jpgのサムネール画像
「具体的にどうやるのか」
その答えが「システムデザイン・マネジメント」学=SDM学にある。
SDMの専門家を「システムエンジニア」と呼ぶ。「システムエンジニア(SE)」と響きが似ているが、役割は大きくことなる。
日本にはなじみがない「システムズエンジニア」を育成するための、高度専門教育機関が慶應の新しい大学院、慶應システムデザイン・マネジメント研究科(慶應SDM)である。
前野先生はそこの研究科長でもある。
システムデザイン・マネジメントとは、
「問題をシステムとして俯瞰的にとらえ、全体として整合性のある解を導く方法」
だという。
世の中のあらゆる問題は、SDMで対応できる、というよりも、SDM的にアプローチしなければ、現代の多くの諸問題は解決できない、とも言える。
例えば、「イノベーション」という問題
イノベーションは技術革新ではない、ということは多くの人が語っている。
技術とデザイン、技術と人間、技術と経済性、技術とサービスetc... 
技術にプラスαされるべき諸要素を、全体として整合性をもって描かなければイノベーションにはならない。
日本はそれが苦手だと言われている。
前野先生によれば、イノベーションの条件は下記の三つである。
1.見たことも聞いたこともない
2.実現可能であること
3.物議を醸すこと
見たことも聞いたこともない概念は人を戸惑わせる。それを眼前に実現して見せられると人の反応は大きく分かれる。だから物議を醸す。
前野先生は、100年前ライト兄弟が有人動力飛行に初めて成功した時に、当時の科学者の多くが実験の信憑性に疑義を呈する声明を出したという事例を引き合いにだして、イノベーションにまつわる現象を説明してくれた。
しかしながら、前野先生の真骨頂は、ここからもう一歩突っ込んでいくことにある。


「見たことも聞いたこともない」というのは本当だろうか?
ロボット開発から幸福な人生の研究まで、機械工学から始まって、認知科学、哲学、倫理学等々あらゆる学問を横断的に網羅する前野先生の真骨頂である。
多くのイノベーションを冷静にみれば、人間の当たり前の欲求を満たしてきただけとも言える。
空を飛びたい。遠くへ行きたい。見たい、聞きたい、話したい。
そんな単純な欲求を満たすために、飛行機、自動車、ラジオ、テレビ、電話、等々のイノベーションが誕生した。
だとすれば、情報革命の時代と言われる現代にあっても、単純な欲望を満たしたものが生き残っているだけではないか。
スティーブ・ジョブズの実現したイノベーションは、すべて単純な欲望を満たしたものである。(そこがスゴイのだけれども)
人間は、昔から同じことを繰り返しているに過ぎないのだ。
では、これからどんなイノベーションが起きうるのだろうか。
そこにはどんな「単純な欲望」が残されているのだろうか。
「幸せになりたい」
それが、情報革命の時代に残された「単純な欲望」だと、前野先生は見据えている。
前野研究室の研究のひとつに「幸福学研究」というものがある。
人間の幸福に寄与することが研究により証明されている要素の全体構造がどうなっているのかを究明したものだ。
健康、性格、思想や宗教、収入、地位、愛情、社会状態など、さまざまな幸福要素を因子分析とクラスター分析した結果、四つの因子が抽出できた。
「自己実現と成長」
「つながりと感謝」
「楽観性」
「人の目を気にしないこと」

つまり、自分を磨く、人とつながる、ポジティブに考える、他者に惑わされない。 これが、幸福になるための条件である。
なるほどなぁという感じがする。
このきわめて単純で当たり前な欲求を、新たなテクノロジーを使って満たすもの。それが情報革命時代のイノベーションになる。
もとより、何をして自分を磨くのかは、人によって違う。正解はない。
「70億の人間がいれば、70万通りの自分磨きがあるかもしれない」
「ITによって世界がひとつになれば、世界中から1万人の仲間を見つけ出し、つながることができる」
情報革命時代のイノベーションは、それを実現してくれるものであろう。
OTAKIFICATIONの時代がやってくる」
それが、本日の講演用にワーディングしてくれた、前野先生の予言である。
OTAKIFICATIONとは、オタク化するという意味の造語である。
オタク的な人生の楽しみ方。
自分だけのニッチな興味に没入することで、このうえない幸せを感じること。
それをシステムデザイン・マネジメントの考え方で、つまり「問題をシステムとして俯瞰的にとらえ、全体として整合性のある解を導く方法」で実現した時に、「幸せになりたい」という単純な欲求を満たすイノベーションが生まれる。
新しい学びの文化を創造することをミッションとして掲げるMCCにとっても、示唆に富んだ話であった。

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