夕学レポート
2006年11月01日
「食育の伝道師」 服部幸應さん
服部幸應さんが稀代のTVプロデューサーであることは衆目の一致するところでしょう。
料理番組を“情報番組”から“エンタテイメント”に変えることに成功した方です。
もちろんそれまでにも、グルメ番組や大食い番組はありましたが、どちらかといえば出来上がった料理や食べる行為がメインで、料理を作るプロセスが表にでることは少なかったように思います。調理場面が主役になるのは、NHK「きょうの料理」の流れをくむ奥様向けの献立情報提供番組くらいで、ゴールデンタイムを飾ることはあり得ませんでした。
服部さんが出演・企画・監修として関わった多くの料理番組は、料理を作るプロセスをメインコンテンツに据えています。
それでいて『料理の鉄人』では、厨房の奥に隠されていたプロの技術を、
『ビストロスマップ』ではアイドルの意外な小器用さを、
『愛のエプロン』では「おいおい、本当かよ~」と嘆息をつきたくなるような芸能人の素の姿を、
それぞれ見事なエンタテイメントに仕上げて披露してくれました。
番組で見せる服部さんの博識や巧みなコメントは、絶妙な調味料として番組の味を引き立たせていました。
そんな服部さんのもう一つの顔が、「食育」の伝道師としての活動にあります。
服部さんの話を聴いて改めて思ったのは、「食育」というのは、「食」を通じて現代社会の問題を解決しようという、ソーシャルイノベーションなのだということです。
考えてみれば、「食」は子育て・健康といった身近な問題から、飢餓や環境破壊・食糧自給といった地球規模の問題まで、さまざまな領域に密接に関連しています。それらを個別に議論し対策を練るのではなく、「食」という横断的な切り口で捉まえて、誰もが実践できるレベルで解決していこうというのが「食育」の本質と言えるでしょう。
服部さんが「食育」の必要性を痛感したのは、18年前に遡るそうです。
服部栄養専門学校の新入生に一週間の食事日記を提出させたところ、朝食抜きでバランスの悪いメニューや不必要なダイエットの様子が目立ったそうです。紺屋の白袴ではいけないと、全校あげて、改善に取り組み、2年後に同じ食事日記を提出させたところ、改善率はわずか6%に過ぎなかったそうです。
理想的な献立を試験にだすと完璧に答えることができる生徒が、自分の生活習慣・食生活を変えることさえできないという現実。それに直面した服部さんは、国をあげての「食育」に、100年の計で取り組むことを決意しました。
講演の冒頭から「食育基本法」制定にまつわる固い話から入って、まごついた方も多かったかもしれませんが、最初は「食育」について、聞く耳さえ持たなかった政治家や官僚を時間をかけて粘り強く説得・啓蒙し、10数年かけて法制化にまでこぎ着けた服部さんの熱い思いが、「食育基本法」には込められているのかもしれません。
服部さんによれば、「食育」は次の3つに集約されるそうです。
1.選食力を養って健康になること
何が安全なのか、どんな栄養素が含まれるのか、何を食べれば良いのかを判断し、選び取る力を、すべての人々が持つことです。
2.食文化を学び作法を身につける
箸の持ち方、食事のマナーや礼儀など「食べる」という行為をつうじて文化を伝えること。
「箸の上げ下ろしから鍛える...」という言葉に言い表される口うるさい小言こそが、なにより重要だというのが服部さんの持論です。
3.環境と世界の食糧事情を考える
飢餓に苦しむ人口数、先進国の食糧廃棄率、世界各国の食糧自給率、地球がまかなえる食糧人口の限界数等々、服部さんがすらすらと口にする「食」にまつわる数字からは、日本の不甲斐なさや将来への不安が浮き彫りになります。
これらの「食育」活動を、家庭・学校・地域の各所で展開していくことを義務づけたのか<「食育基本法」の骨子ですが、知識ではなく習慣として「食育」が根付くには、100年かかると考えているそうです。
現在の幼児やこれから生まれてくる子供達に、スリ込むように「食育」を伝え込み、その子達が親として、我が子を育て上げるまで。三世代を経て定着するまでの長い道のりだそうです。
服部さんの卓越したプロデューシング能力が存分に発揮されることを期待します。
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