夕学レポート
2007年02月06日
「日本のポップカルチャー」 中村伊知哉さん
学生時代、京都でロックバンドのディレクターをやっていたという中村先生は、蝶ネクタイがよく似合うポップな装いで登壇されました。
講演は、日本のポップカルチャーの影響力を象徴する一つの事件の紹介からはじまりました。
「昨年の6月、16歳のフランス人少女二人が、ビザを持たずに旅を続け、ベラルーシで身柄拘束されるという出来事があった。アニメをこよなく愛していた二人が目指していたのはアニメの聖地ニッポンであり、陸路を歩いてひたすら東へ東へと向かっていたのだ」
「母を訪ねて三千里」のマルコ少年よろしく無謀な旅を続けた少女達の憧憬の対象は「母」ならぬ「ニッポンのアニメ」だったという話が、日本のポップカルチャーが持つグローバルな影響力を象徴しているのだそうです。
ポップカルチャーというのは、アニメ、マンガ、ゲーム、フィギュアなどの総称で、ともすれば「オタク文化」と揶揄されているものですが、従来我が国の大人達からは、眉を潜められる対象でしかなかった日陰の存在が、海外の若者達に受け入れられ、日本を代表する文化として大きな影響力をもっているのだそうです。
「日本人はウサギ小屋に住む仕事中毒」と評されたのは随分昔の話でしたが、いまや海外の少年少女は「日本人は皆一軒家に住んでいてうらやましい」と言うそうです。ドラえもん、クレヨンしんちゃん、ちびまるこちゃんといったアニメ主人公の登場人物はおしなべて一軒家に住んでいるからだそうです。
日本アニメのコスプレ大会は世界各国で催され、爆発的な人気を博しています。
世界のテレビアニメの60%が日本製で、日本のゲームソフトの70%が海外に輸出されており、いまや産業としても無視できない規模になっているそうです。
なぜ、日本のポップカルチャーがそこまでの強い影響力を持ちえるのかについて、中村先生は、千年以上の歴史の経て培ってきたものだと考えています。
例にあげられた高山寺所蔵の「鳥獣戯画」は、我が国の漫画の原点と言われていますが、よく見ると、それが後生の妖怪画、ひいては、「のらくろ」にまで系譜が繋がるものだということが実感できますね。近世の浮世絵、役者絵の豊かな表現がゴッホをはじめとして西洋の芸術家に強い影響を与えてきたことはよく知られたところです。
いわば、容易に真似のできないコアコンピタンスと言えるのかもしれません。
また、それらの文化が、西洋のように宗教や貴族といった権力の庇護のもとで発展したものではなく、庶民、大衆の側から生まれた雑草文化である点に特徴があるそうです。
育てようとして育ったものではなく、逆に踏まれたり、抜かれたりしながらもしぶとく生き残ってきたゆえに強いということでしょうか。
更には、海外の新技術を取り入れて改良・改善を加えて新しい産業を作り上げるという日本的なモノ作りにも相通じるものを感じるそうです。
マンガの技法は西洋で生まれましたが、手塚治虫に代表される日本のマンガ家が独自の世界を創り上げ、逆輸出したものです。
ゲームソフトも米国発の文化ですが、任天堂をはじめとする日本企業が産業にまで育て上げました。
コンテンツを作る強みはもともと日本にあり、新しい技術を使いこなすことで発展したといえるそうです。
では、これからのポップカルチャーはどうなるのか。
中村先生は、マンガ、アニメ、ゲームといった既存文化ではなく、新たなポップカルチャーが生まれてくるだろうと推測しています。
ひとつは、「ロボット」もので、AIBOやアッシモにその可能性の発芽を見るそうです。欧米が二足歩行ロボットの開発に躊躇するのは、「人間は神が創り出した」とするキリスト教の基本テーゼに浸食する恐れがあるからだと言われていますが、宗教的な呪縛のない日本では、自由な発想が生まれやすいと考えているそうです。カラクリ人形という歴史的基盤もあります。
もうひとつは、IT技術を使った「新しいコミュニケーション文化」です。ケータイ、カラオケ、プリクラなど女子高生がリードしてきた領域です。
中村先生は、女子高生が駆使するケータイ文字に、平安時代のひらがな文化の誕生を重ねることさえ出来るとのこと。掛け放題を使って一晩中カレシとケータイで繋がりながら、テレビをザッピングしている彼女達の生態こそが「通信と放送の融合」に他ならないとまでおっしゃいました。
これらの動きに、ブログやSNSなどの隆盛を合わせて考えると、WEB2.0的な個人による表現・発信型コンテンツを核にした新しいコミュニケーションが生まれるのではないか、それは「アマ・パーソナル・ノンビジネス型コミュニケーション」と言えるだろうというのが中村先生の考えだそうです。
さて、そんな中村先生が考えているこれからの課題ですが、ポップカルチャーという草の根大衆文化を下支えする政策モデルを作ることだそうです。
産業育成や起業支援などといった大上段の政策ではなく、自然発生的に生まれるカルチャーを上手に育てていくということです。もちろんポップカルチャーは、エログロに染まるリスクを常に抱えているので、規制は必要ではありますが、国家が方向を制御するのではなく、自然と望ましい方向へ向かっていくようにリテラシーを上げていく必要があります。
中村先生は、既に自身でNPOを立ち上げて子どもむけの教育支援に取り組んでいるとのこと。そこでは、i-modeケータイを使ったストーリー作りなど、IT技術を駆使した新たなコミュニケーションを創り出す授業などが実験的に行われています。
2008年に出来る慶應の新しい大学院「デジタルメディアデザイン研究科」をフィールドにして本格的な研究・教育を展開されていくことを期待しています。
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