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夕学レポート

2007年05月18日

「資本主義の整理屋」 笹沼泰助さん

笹沼泰助さんは、日本におけるプライベートエクイティ投資の草分けと言われています。
80年代、外資系コンサルティングファームに在籍している頃、米国で沸き起こっていたM&Aの嵐。KKRなど投資会社を主役としたその動向を見て、「日本にもいつか、こういう時代が来る」と予感して、事業構想を温め始めたのが、1986年、20年前のことだったそうです。
笹沼さんのことは、慶應ビジネススクールの小林喜一郎先生からお聞きしておりました。
「慶應ビジネススクールの出身で、社会にインパクトを与えた事業家は誰でしょうか」というご質問をした時に、真っ先に名前を挙げられたのが笹沼さんでした。
つい数年前まで、一般の実務家、経営者は、現在のようなM&A時代が来ることをほとんど予想していませんでした。だからこそ、いち早くその社会的意義を認識し、周囲の無理解と戦いながらも、アドバンテッジパートナーズを今日の評価にまで高めた笹沼さんの実績に敬意を表してのことかと思います。
実際の笹沼さんは、穏やかなソフトな語り口で、理論整然とお話になります。ハードなネゴシエーションの世界で生きる厳しさを表面にださない、素敵な紳士でありました。


さて、笹沼さんは、プライベートエクイティファンドの役割を「資本主義の整理屋さん」であると言います。
企業が創業の苦労を乗り切り、様々な障害を乗り越えて、晴れてIPOするまでの成長期に、資金面でのパートナーを務めるのが、エンジェルやVCキャピタルだとすれば、IPO後の更なる成長のために、あるいは停滞や業績悪化を克服するために調整機能を果たすのがプライベートエクイティファンドだというわけです。
日本にプライベートエクイティファンドという言葉が輸入された際に、「未公開株式に対する投資」という直訳がなされたため、公開前のベンチャーに投資するVCキャピタルも含む広義な概念定義が存在しますが、本来は、「資本主義の整理屋」的な役割、つまり、既存の企業・事業に投資するとともに、経営権を取得したり、積極的に経営参画することで、企業価値を高めていくというのがプライベートエクイティファンドの概念であるそうです。
また笹沼さんは、米国と日本での、プライベートエクイティ投資の実像を紹介してくれました。10年間の期間でみれば、プライベートエクイティ投資のリターンは、上場株式のリターンを大きく上回り、米国では17%を越える実績を上げているそうです。
更には、株式や債券な他の投資方法と比して、ファンドマネジャーの役割が極めて重要で、投資家は、優秀なファンドマネジャーを厳しく選択しているのだそうです。
確かにプライベートエクイティファンドのファンドマネジャーは、金融工学の知識も必要でしょうが、それに加えて、どの会社・事業に投資すればよいか、どうやって改革すれば企業価値を高められるかという「当事者としての眼力」が求められます。
事業や人を見極めるだけでなく、自ら混乱の渦中に飛び込む覚悟も必要になるのでしょう。
日本におけるプライベートエクイティ投資は、この2~3年で顕著に増加し、M&Aのメインプレイヤーとして、ファンドは欠かすことが出来ない存在になっています。
当初は赤字・問題事業の処理や整理、売却といった「救済」色の強い投資が中心でしたが、ここに来て、選択と集中や、MBOなど経営戦略として積極的に活用しようという「戦略」色の強い案件が出てきたそうです。
講演の後半では、アドバンテッジパートナーズが考えるM&Aの定義として、下記を紹介していただいたうえで、これまで手がけた具体的な案件を解説していただきました。
アドバンテッジパートナーズが考えるM&Aの定義
「ある企業・事業部門を既存所有者の戦略的・経済的な制約から解放し、本来の成長力・収益力を発揮させる企業価値創造プロセスである」

笹沼さんのようなプロフェッショナルから見ると、制約をはずしてあげれば伸びる企業・事業は意外と多いものだそうです。
投資先例1.アイクレオ株式会社(旧日本ワイス)
売上高40億円の小さな粉ミルクメーカーで、アメリカンホームプロダクト傘下にあった。母乳成分に近いミルクという製品面での強みがあり、米国ではハイエンド商品として一定の顧客はいたものの、親会社の意向もあって、日本では積極的なマーケティング活動が出来ないまま、撤退を余儀なくされようとしていた。
また、水に溶けにくいという機能面での問題から日本では売れていなかったが、必要な技術開発投資も行われていなかった。
アドバンテッジパートナーズは、必要な投資のうえ、その資金を使って積極的なマーケティングと技術改良をすすめ、結果的に江崎グリコへの売却に成功。
投資先例2.ダイエー紆余曲折を経て、丸紅との共同支援として投資が決定。
産業再生機構がAPを選んだ最終的な理由は、投資元企業のためではなく、投資先(ダイエー)の企業価値向上を優先してくれると判断したからとのこと。
「真の問題点」をあぶり出すために、全従業員5万人を対象にアンケートを実施。回答から6000通を絞り込み、それを見ながらトップ二人で合宿ミーティングを行い、ミッションステートメントを作成した。
これにより、現場店員の疲弊感や不信感を払拭することこそが重要だという共通認識が生まれた。
アイクレオの場合は、双子を2組育て上げてきた「子育てパパ」としての笹沼さんの消費者感覚が決め手になったようです。
ダイエーの場合も、規模が大きすぎるという理由から、うやむやに葬られてきた「草の根の声」を経営に取り込む仕組みを工夫できたのがポイントだったとのこと。
笹沼さんは、我が国におけるプライベートエクイティファンドの役割を、最終的には、公的機関の「民営化案件」など社会的な投資に絡むことと予想しているそうです。
民営化というと、いまは、郵政のような超大型案件か、地方自治体の「ハコモノ」第三セクターの再建のような限定的な案件ばかりですが、やがては、現在「市場化テスト」が検討されているような事業・サービスの機能が、PEファンドの資金と人材とノウハウを活用する時代がやって来るのかもしれません。

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