夕学レポート
2007年06月29日
「地図から読む世界」 池上彰さん
存命であれば、夕学の講師にお呼びしたかった人の一人に、歴史学者の網野善彦氏がいます。
彼の本には、見慣れない一枚の地図が度々が紹介されています。一瞬見ただけでは、どこの地図かを判別することができません。
大陸から割れて出たように見える細長い島々が、緩やかな曲線を描きながら二つの内海を包み込んでいる様子は、島々と大陸が、内海を共有するひとつの文化圏であることを連想させます。
「環日本海諸国図」と名付けられたこの地図は、日本列島を中心に、南北は樺太から南西諸島を、東には中国大陸の沿岸部を範囲とした地域を、時計と反対回りに90度回転させたものです。
見慣れた地図を90度回転させるだけで、随分と印象が違うことがよく分かる好例ですが、池上彰さんも、世界中を回って、こういった地図を集めているそうです。
「地図を見れば国際情勢が分かる」
という持論を裏付けるための作業です。
池上さんによれば、地図は、それぞれの国家の方針や政策を反映した、「絶対譲れない建前を凝縮した姿」だそうです。
しかも、時代毎の政府の方針を受けて変わっていくので、同じ国の地図も、時を隔てて比べてみると「地図の上のオセロゲーム」を見るような思いがするそうです。
池上さんは、国際紛争や政治対立が起きている地域の地図を、当該国同士で見比べながら、それぞれの国が何を主張し、どこを問題にしているのかを整理することで、国際情勢を頭に入れていくようです。
講演では、ホワイトボードに次々と地図を掲示しながら、国際情勢に関わる知識を、分かりやすく噛み砕いて解説してくれました。
例えば、イラクの世界地図には、イスラエルは存在していないそうです。イスラエルがある地区には、パレスチナと記された地域分けがされています。
日本の世界地図には、イスラエル領土内に、ヨルダン川西岸やガサ地区といったパレスチナ自治区が点線で区分けされており、対立が存在していることを示唆していますが、アラブの地図には、一切の区分けはありません。
そこには「パレスチナがすべてである」というアラブ民族の強烈な主張がみてとれるそうです。
台湾の地図を10年前のものと比べてみると、地図の表記そのものが違うことに気づくそうです。
かつては、「中華民国図」(戦前の中国の正式名称で、現在の台湾の正式名称)と記され、モンゴルまで含む中国大陸のほとんどを同じ色(ひとつの国家)で区分けしていました。
「北京」という名称は使用されず、「北平」という古い呼称が使われていたそうです。
「自分達こそが、中国の正当な継承者である」という、哀しいほど強気な主張が見えたそうです。
8年前を境に、地図の名称は「中国全図」と変わり、モンゴルは別の色(別の国)に区分けされました。「北京」という文字も使われるようになりました。
「中華人民共和国の存在と影響力を無視するわけにはいかないけれど、認めたくない」という複雑な心情が、あえて「中国全図」という玉虫色の呼称を使うことに現れているそうです。
もちろん、中国の地図には「中華民国」という国はありません。「台湾島」という島があるだけです。
韓国の地図には、「日本海」という公海名はありません。代わりに「東海」と記されています。
北と南は、色分けされることなく、同じ色(ひとつの国家)として塗られ、首都を示すマークはソウルに付けられています。平壌はひとつの都市として扱われています。
当然ながら、北朝鮮の地図には、首都マークは平壌に付き、ソウルは一都市の扱いになります。ただし、北と南は同じように、ひとつの色(ひとつの国家)として区分けはされていません。
また、中国の世界地図では、北方領土を日本の一部として色分けしているそうです。
長らく中ソ国境問題を抱えてきた中国にとって、「ロシア(ソ連)の国境主張は間違っている」という主張を貫くには、北方領土におけるロシア(ソ連)の主張も間違っていることにした方が、都合がいいのだそうです。
「敵の敵は味方」
血で血を洗う領土戦争を何千年もの間経験してきた中国の、したたかな戦略性を、池上さんは感じるそうです。
講演の最後で、宇宙から見た地球を平面で表現した地図を紹介してくれました。
当然のことながら、そこには国境線も国別の色分けもありません。ひとつの惑星があるだけです。
しかしながら、国家というフィルターを通して、その地球を描き出してみると、国の数だけ違った地図が生まれてきます。
「世界はひとつであること」
「世界はひとつではないこと」
そのいずれもが真実です。
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