夕学レポート
2008年01月28日
新しい「国のかたち」はあるのか 半藤一利さん
「国を作るのも40年、国を滅ぼすのも40年」
毎日出版文化賞を受賞し、ベストセラーにもなった『昭和史』という本の中で、半藤さんは「40年史観」という独自の歴史観を披露されています。
きょうの夕学は、その「40年史観」を使って現在(2008年)を照射することで、日本が抱える大きな課題を提示してくれるものでした。
半藤さんは、近代日本のスタートを1865年(慶應元年)と捉えています。ここから「近代日本の国作りの40年」が始まります。
当時の日本が置かれた地政学的な環境は危機的なものでした。
イギリスはアヘン戦争で中国にくさびを打ち込み、アメリカは日本に開国を強要し、フランスはインドシナ半島に近代植民地を拓き、ロシアは虎視眈々と南下を狙う。
日本は、さながら猛獣のオリの中で目覚めたばかりの子犬のような状況でした。
「どうすれば、植民地化を防ぐことができるか」 「独立国家たりうるか」
その回答として、「富国強兵」を国家目標に据え、思想的な柱=基軸として「天皇」を置く。
これが当時のリーダーが描いた「国のかたち」になります。
帝国議会や大日本帝国憲法は、「国のかたち」を制度・システム面で具現化した政策です。
「御真影」写真、それを治める奉安殿、教育勅語の制定は、天皇の神格化に絶大な効果を発揮しました。
半藤さんは、この40年を司馬遼太郎の名作になぞらえて「坂の上の雲=理想を追い求めた40年」と呼んでいます。
「国作りの40年」は1905年の日露戦争によって頂点を見ます。
世界の大国に勝利したという事実は、政府と国民を心地よく酔わせ、「日本が大国の仲間入りをした」という幻想を抱かせる結果とになりました。
この大いなる勘違いが、その後の破滅を招く元凶になったと半藤さんは、喝破します。
日露戦争の実態は、国力・戦力共に、限界ギリギリの際どい戦いで、運に恵まれた薄氷の勝利でした。「富国強兵」ならぬ「貧国強兵」が実情だったと半藤さんは言います。
日露戦争以降の日本は、本来内部の整備に振り向けるべき注力を外に向けることになり、より強く、より大きい国への邁進することになります。
それは「国が滅びに向かう40年」でもありました。
半藤さんは、日露戦争以降、日本人の精神に立身出世主義、金権主義、享楽主義がはびこったと見ています。その裏返しとしてアナーキズムや共産主義が萌芽を見るのも当然の帰結でした。
この浮かれた風潮が明治後期から大正末まで25年近くも続きました。
そして、昭和の年号を聞く頃、日本の社会各界を担う中堅幹部層は、舞い上がった時代に生まれ育った世代が占めるようになっていました。
彼らが引き起こしたのが軍部の暴走であり、昭和の日本は戦争へと一直線に突き進んでいくことになりました。
国民の一体感を醸成するための思想的手段であったはずの天皇は、いつしか絶対不可侵の神に昇華し、国民に多大な犠牲を強いるための免罪符に使われることになっていきました。
1945年、日露戦争から40年目に、無条件降伏を受け入れ、近代日本は滅ぶことになりました。
それでは、現代を「40年史観」で読み解くどうなるか。
短い時間ながら半藤さんは、鋭い問題提起をして講演を締めくくりました。
占領下の6年間を空白期間と考えると、戦後日本の「国作りの40年」は、1951年のサンフランシスコ条約に始まり、1991年のバブル崩壊に終わることになります。
この時代の国家目標は、「経済成長」に他なりません。米国に追いつけをスローガンに、ひたすら経済大国に道を究め、その目標を達成したと言えるでしょう。
かつての「天皇」に相当する思想的な柱=基軸は、「平和憲法」ではなかったかと半藤さんは考えています。
日露戦争を期に近代日本が「陽」から「陰」に転回したように、バブル崩壊を期に現代日本は「陽」から「陰」に変わっているのかもしれない。
出世主義、金権主義、享楽主義が蔓延り、その裏返しとして虚無主義も散見される精神風潮も、まったく同じではないだろうか。
既に「経済成長」を目標に据えるべき次元を超越してしまった。憲法改正に過半数が賛同を表明する事実は「平和憲法」が基軸たりえる耐用年数を超えているのかもしれない。
だとすれば、新たな国家の目標は何か、新たな基軸をあるのか。
この40年の「国のかたち」は描かれているのだろうか。
今年78歳の半藤さん。江戸っ子らしい陽気な話しぶりに隠された、国の将来を憂う思いは、ズシリを重たいと感じたのは私だけでしょうか。
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