KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2008年06月13日

戦いを終えて見える風景 出井伸之さん

出井伸之
「イチローや松井に、今からゴルフに転向しろと言っても、まず変わらないでしょう」
「企業も同じです。一流になればなるほど変わりにくくなるものです」
出井さんは、『迷いと決断』という、ご自身の著書を示しながら、ソニーと格闘した10年の日々を総括することからはじめました。
たとえCEOと言えども、自分で動かせることが如何に少ないかを痛感した10年だったそうです。
そこには、どうすれば良いかは見えていても、その道に組織を引導していくことができなかった忸怩たる思いを、静かに振り返る達観した心境が見てとれたような気がします。
1995年に出井さんがソニーの社長に就任した際に、社員と危機感を共有化する目的で示した有名な図があります。
人々が天真爛漫に泳ぎ回る”自由闊達、愉快なる理想工場”という池からは、ネガティブキャッシューフローという川が流れ出ていて、その川はやがて”倒産という滝”に注いでいるというものです。
ソニーの経営陣にあっては珍しいタイプの分析的な戦略家であった出井さんには、社長就任時のソニーは、いつまでも夢だけを追い求めてはいられない危機的な状況に映ったようです。


10年間の出井時代のうち、前半の5年は、折からのIT時代に向けた、いち早い舵取りが効を奏し、VAIO、プレステといったヒット商品に恵まれた時期だったように思います。
後半の5年間は、出井さんの目指す改革スピードが時間の流れに追いつかず、やりたいこと、やるべきことをやり切れないうちに、「ソニーショック」を迎え、内外の批判にさらされながら苦闘した日々ではなかったでしょうか。
出井さんの眼に映ったソニーの実像は、夢のある新製品を次々と打ちだし、市場を創造してきたエレクトロニクス企業ではなく、金融、コンテンツ、ゲーム、半導体などなどビジネスモデルもマネジメントのあり方も時間軸も異なる事業体から構成される複合コングロマリット企業でした。もはやソニーは、まったく別の会社に変わっていました。
にもかかわらず、社外はもちろんのこと社内でさえも、その変化を心の奥底では受け入れることができず、古きよきソニーへの郷愁を捨てきれなかったこと。それが最後まで出井さんが克服しきれなかった壁のような気がしました。
さて、出井さんが考えるこれからの日本はどのようなイメージでしょうか。
出井さんは、世界は、本格的な多極時代を迎えたと認識しています。米国・EUといった巨大帝国、中国・ロシアの新興帝国、日本・英国などの成熟中小国、韓国、マレーシアなどの新興中小国、シンガポールやドバイなどの都市国家。
世界の秩序が、何かを中心を求めたり、対立軸に則って構成されたりするのではなく、それぞれが個別の論理で動きつつ、全体が調和されていく時代です。
資本主義の形態もひとつではなく、従来のイデオロギー対立ではなく、資本主義同士の勢力争いが起きている時代です。
米国の金融資本主義、韓国の生産資本主義、中国・ロシアの国家主義、日本の官僚資本主義etc. さまざまな資本主義が存在し、それぞれに異なった問題を抱え、課題を設定し、対策を打っています。
それが複雑に絡み合いながら世界経済を形作っています。
日本は「陰の時代の末期」だと出井さんは言います。
いまはまだ暗いけれども変わる寸前の時期で、先行きはけっして暗くない。変わりはじめさえすれば、一気に変わるはずだ、とのこと。
2020年に向けた出井さんの提案は次の通りです。
・アジアとの共生に向けた外交政策
・先端技術への戦略的な投資政策
・東京を金融都市として再生させるための税制改革、規制緩和
・農業の近代経営化
・イノベーションを生み出すプラットフォームづくり
いずれも20世紀の規制改革の延長線上で捉えるのではなく、21世紀の新しい技術と社会にフィットする新しい規制を作るの「クオンタムリープ=非連続の飛躍」が必要だというものでした。

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