夕学レポート
2008年10月30日
「グローバル化の本質」 黒川清さん
先週はソウルとシンガポール、今週は北京。文字通り世界を飛び回る日々を送る黒川先生。科学者同士の国際連携を推進する連合組織体の役員や委員を兼任され、“世界の知”と交流する立場にあります。
きょうの夕学では、そんな黒川先生が、強い危機感を持っている「世界における日本」のあり方について、熱く語っていただきました。
現代をひと言で言い表すとすれば「世界がフラット化した」ということである。
黒川先生は、ベストセラーになったフリードマンの著作『フラット化する世界』になぞらえて表現します。『フラット化する世界』には、その象徴として、米国の会計士に発注した書類がインドのバンガロールに住む税理士の手で作成されているという事例をもって、グローバル化の進展が紹介されています。
黒川先生は意外なことに、フラット化の本質を、グーテンベルク聖書がもたらした革命を題材に説明されました。
グーテンベルク聖書とは、15世紀にドイツのヨハネス・グーテンベルクが世界で初めて活版印刷技術を用いて印刷した180部の聖書を指します。ちなみに、世界に48部しか現存していないと言われるグーテンベルク聖書のひとつは、慶應義塾に所蔵され、全ページをデジタル化しアーカイブとして保存する「HUMIプロジェクト」が終了したばかりです。
さて、グーテンベルク聖書がもたらした社会的インパクトは、当時教会に独占されていた「キリストの言葉」の翻訳機能を、社会と市民に開放することにありました。いわば知の開放でありました。
このインパクトは、たんなる聖書の啓蒙を超越し、欧州社会に新たな宗教観を醸成することに繋がりました。その奔流は、100年後に、カルビンやルターによる「宗教改革」として結実することになります。
フラット化されるということは、さまざまな制約を越えて、あらゆる知が世界に開放されることを意味している。それは時に、既存秩序の転覆さえも引き起こす大きな変革をもたらす。
黒川先生の主張はそういうことでしょう。
インターネットは活版印刷以上の社会的インパクトを政治、経済、文化のあらゆる領域に起こしています。しかもそのスピードは、大航海時代とは比較しようもありません。グーテンベルク聖書から100年を経て起きた宗教改革と同じ規模の大変革が、いま世界に起きています。
Internationalからglobalへ。
Human resourcesからHuman capitalへ。
同じような概念を意味するはずの言葉が、なぜ使い分けられるようになってきたのかも、この世界の変化と連動していると黒川先生は言います。
15世紀の宗教改革レベルの大きな変化が起きている時代に求められるのは、発想・構想のパラダイムチェンジです。
自分たちの強みを生かし、弱みを消すための「新しい組み合わせ」=イノベーションが必要です。
これまでにない大胆な「新しい組み合わせ」を実現するためには、どこの誰と組めばよいか。それを見極めるためには、世界へ出るとこと、ネットワークすることが不可欠です。
自国を中心に世界と繋がろうという「national」な発想を捨て去り、世界の中の日本を見据える発想「global」な発想が求められています。
「日本人はこういう感覚に圧倒的に乗り遅れている」
それが黒川先生の問題意識だそうです。
また、大胆なイノベーションをもたらすのは、人間の発想力・構想力です。
つまり資源としての有用性にとどまらず、新しい価値を創り出す資本として人材を捉えなおすこと、つまり「Human capital」の概念が必要になっていると黒川先生は言います。
ライト兄弟が有人飛行に成功したのが1903年
アインシュタインが特殊相対性理論を発表したのが1905年
フォードシステムが生まれたのが1907年。
いずれもわずか100年前のことでした。
やがて、飛行機は主力兵器として、第二次世界大戦の趨勢を決めました。
アインシュタインの危惧をあざ笑うかのように、量子力学の発展は核兵器という鬼っこを生み出しました。
フォードシステムは大量生産・大量消費という近代工業化社会のモデルを作り出しました。
グーテンベルク聖書と同じように、科学の発展は100年で私たちの世界を大きく変えてきました。
いま私たちが直面しているのは、地球の循環機能が許容できる限界を超えて人間が生きようとしている傲慢さが引き起こしている危機です。
地球温暖化、食糧・エネルギー危機等々。これらの危機は、これまでの価値前提を根本から変える「イノベーション」が起きなければ乗り越えられないと言われています。
そんな世界にあって、日本の存在感の薄さは何なのだろうか。
黒川さんの、明るく、エネルギッシュな講演に託されたメッセージは、実はかなり深刻なものだという気がしました。
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