夕学レポート
2010年01月14日
無駄とは何か 西成克裕さん
「無駄学」という実にキャッチーな研究テーマを提唱し、数理物理学の知見をベースに無駄の科学的解明に取り組んでいる西成先生。
西成先生によれば、「無駄学」の本質に関わる部分を象徴する現象を、事業仕分けの「次世代スパコン」論議に見ることが出来るという。
つまり無駄を巡る議論には、必ず「対立」「反論」がつきまとうという現実である。
「なぜ世界一なのか? 二番だとダメなのか?」
簡潔な問題意識で突っ込んだ蓮舫議員の主張に対して、あるノーベル賞受賞科学者は反論した。
「世界一を目指すことに意味がある。二番で良いとなったら、三番にもなれない」
「次世代スパコン」が無駄か否かをめぐる両者の議論には、拠って立つ世界、見ているところの違いによって、大きなズレが生じていた。
独自開発することの費用対効果を問題視する仕分け側と独自開発を進めることで科学技術立国を担う優秀な人材が育つのだとする科学者達の議論は、「次世代スパコン」を語りながらも、見ているものが大きく異なっていることに気づいた人も多かったのではないか。
こういう現象がなぜ発生してしまうのかを解明することが、西成先生の「無駄学」の本質である。
「ある目的を、ある期間で達成しようとするとき、最適な、もしくは予想上のインプットとアウトプットの差益より、実際の益を低くしてしまう要因」
これが、西成先生の考える「無駄の定義」である。
つまり、無駄を議論する前提として「目的」と「期間」の捉え方が共有化されていないと、無駄かどうかの判断は出来ないということだ。
無駄を巡る議論に「対立」「反論」がつきまとうのは、「目的」と「期間」の捉え方がズレているからに他ならない。
西成先生は、独自の方法で無駄を識別・分類している(詳細は『無駄学』参照のこと)。
1)省いた方がよい無駄(西成先生識別によると「ムダ」「むだ」)
2)受け入れざるをえない無駄(同上「無駄」)
3)省いてはならない無駄=無駄のように見えて無駄ではないもの 無駄の効用
1)の無駄を省く手法は、あまたあるけれど、多くの場合、3)の無駄まで省いてしまったり、2)の無駄を省こうという無理をしているのではないか。3つの識別が最も難しいと西成先生は言う。
また、いよいよ具体的な無駄を見つけようとする時に、「局所分割」「要素分解」アプローチだけでは、失敗することがある。
「局所分割」することで、見えやすくなる無駄もあれば、逆に見えなくなってしまう無駄もあるからだ。
「部分の総和は全体ではない」
夕学で、分子生物学者の福岡伸一さんが繰り返し話された生命科学の真理は、「無駄学」にもあてはまるようだ。
全体最適化には、現場感覚を持ち、大局観に立って矛盾を統合できるような、「しなやかな」思考が必要である。それは人間にしかできない。
「サキヨミ力」=もう一歩、二歩先を読む力。
「辺縁視野力」=もう一回り、二回り広く見る力。
「しなやかな」思考には、この二つの能力が必要だと西成先生は言う。
この二つの能力を駆使した、世界に誇るべく「無駄取りの技術」を日本は持っている。
言わずと知れた「トヨタ式生産方式」である。
「トヨタ式生産方式」の啓蒙者の一人、PEC産業教育センターの山田日登志氏は、西成先生の「無駄学」が「トヨタ式生産方式」と極めて近いことを感じ取り、自らのノウハウを理論として後世に残していくためのパートナーとして、西成先生と共同研究を進めているという。
西成先生が主張する無駄取りの基本対策は、次の二つに集約される。
1)短期的な視野と長期的な視野の両方を持つこと
大きな利を求めようとするならば、眼前の損も許容しなければいけないことがある。
論語でいうところの「先義後利」の精神であろう。
2)利他の精神を持つこと
まずもって相手の利になることを優先すれば、自ずと見返りが戻ってくる。
論語でいうところの「徳」の精神であろう。
トヨタのノウハウも加味した西成先生は、現在、東大事務部門のムダ取りコンサルティングにも関わっている。残業時間が12%減り、1400万円の削減につながった。全学に波及すれば年額5億円の無駄取りが実現できる計算だ。
「コンサルファームに頼んだら、何千万円かのフィーがかかるのに、私はタダでやっています」
会場の笑いをしっかり取りつつも、西成先生の目は、将来の「無駄学」の確立を見据えているに違いない。
大きな目的に向けて「先義後利」と「徳」の精神を実践している。
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