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夕学レポート

2010年04月12日

「市場は創造するものである」  内田和成さん

内田和成先生には二種類の著作がある。
ひとつは、専門領域である「経営戦略」に関わる内容であり、仮にこれを「コンテンツ系」と呼ぼう。
いまひとつは、モノの見方・考え方・分析の仕方を紹介したもので、こちらは「思考系」と言える。
それぞれ、単独でも十分に面白いが、出来れば、両方の系統を並行して読まれたい。戦略コンサルタントの「頭の使い方」とその成果物として紡ぎだされた「アウトプットの独創性」の両方を見比べることが出来るからである。
今回の講演テーマ『異業種競争戦略』は、「コンテンツ系」の本だが、前回の夕学でお話いただいた『仮説思考』と今春刊行された『論点思考』という二つの「思考系」の本を踏まえて読むと、内田先生が、どういう思考回路を経て、「異業種競争戦略」という概念を構築したのかがよく理解できる。
さて、内田先生がいう「異業種競争戦略」の定義は次のようなものである
異業種競争とは
●異なる事業構造を持つ企業が
●異なるルールで
●同じ顧客ないし市場を
奪い合い競争である

内田先生は、銀行業界に起きている異業種競争の例を用いて説明をしてくれた。


セブン銀行、ソニー銀行、イオン銀行などこの10年程の間に登場した銀行業界の新規プレーヤーは、いずれも「異なる事業構造を持つ企業」を母体として生まれた。
既存銀行は、預金と貸し出しの「利ざや」を儲けの源泉としているが、三行は、まったく異なるルール(ビジネスモデル)で競争をしており、三行の間でもそれぞれモデルが異なる。
例えば、セブン銀行は、ATM利用手数料が設けの源泉であり、ソニー銀行のウリは「高金利預金・低金利貸し出し」を可能にする低コスト構造である。イオン銀行は、小売業のノウハウを活かした「サービス」を競争優位の源泉としている。
結果的に、既存の銀行の顧客ないし市場を部分的ではあっても奪う取ることで伸長している。
こういった競争が、「そこかしこで起きている」というのが、内田さんの分析である。
CDと音楽配信、JTBと楽天トラベル、HIS等々。
新興勢力が既存の巨人に挑む戦いは、「異業種競争」のフレームで理解すると分かり易い。
では、自分の業界ではどうなるのか。誰もが気になるところであろう。
内田先生は、「事業連鎖」という分析フレームワークを使うことで、それが読み解けるという。
ひとつの商品・サービスが生まれ、消費者に渡るまでの大きな流れの中では、複数の事業が存在し、数珠のように繋がっている。
例えば、自動車という産業は、素材メーカー、部品メーカー、完成車メーカー、小売店、クレジット、アフターサービスまで、複数の事業が役割を担って成り立っている。
この構造を「事業連鎖」という。
異業種競争は、この事業連鎖に、劇的な変化を起こすことで成立する。
ある事業が「省略」され、ある事業は他に「置き換え」られ、ある事業は他の事業と「束ね」られる。
セブン銀行は、他の銀行のATM施設を、コンビニの店舗に「置き換え」た。
さらに、銀行毎に別々に存在していたATMを、マルチユースのATMに「束ね」た。
それを可能にしたのは、「預金」や「貸し出し」といった伝統的な銀行機能の「省略」であった。
自社の業界で、10数年間で起きた変化を「事業連鎖」で描いて見ることで、新たな敵が、どのような戦い方のルールを持ち込んで来たのかを分析することができる。
何を何に「置き換え」たのか、何と何を「束ね」たのか、何を「省略」したのかを知ることで、敵の戦い方が見えてくるからだ。
同時に、自社の戦い方を、どのように構築していけばよいのかを立案することも出来る。
そこで必要とされる能力が、「仮説思考」「論点思考」であることは言うまでもない。
これはあくまでも憶測であるが、「異業種競争戦略」は、最近はやりの「ブルーオーシャン戦略」のアンチテーゼのようにも聞こえる。
「新しい土地を探すことではなく、新しい目で見ることだ」というプルーストの言葉は、その象徴ではないか。
しかし、昨年、池上重輔先生が講義された「ブルーオーシャン戦略」をあらためて見直してみると、実は、同じメッセージを、我々に伝えてくれるように思える。
新市場、新事業は、見つけ出すものでも、掘り出すものでもなく、自分達の頭を極限まで使って、「創造するもの」であるという真理を

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