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夕学レポート

2010年11月25日

異能の人  佐藤優さん

佐藤優氏は、外務省時代に「異能の外交官」と呼ばれていたと聞く。
「異能」という言葉は、佐藤氏を称するに、実に言い得て妙な響きを持つ。
同社大学大学院で神学研究に没頭したという異色の学歴。悪魔的な知識・教養と驚異的な語学能力。危ない仕事も厭わぬ胆力。有力政治家の懐に飛ぶ込み行動力。
ノンキャリアながら、ロシア、中東、ユダヤネットワークなど難しいとされる領域の外交インテリジェンス業務に抜群の実績を上げた佐藤氏は、キャリア官僚にとっては、恐ろしくかつ疎ましい存在であったに違いない。
「友達にはしたくないが、敵には回したくない」といったところか。
遠巻きにしながら、羨望と妬みをもって、その仕事振りを見つめていたであろう外務官僚達の姿が目に浮かぶような気がする。
さて、佐藤氏が、トレードマークでもある鋭い眼光で聴衆を見据えながら展開した話の中心は、「官僚論」および「現下の外交・国際問題」であった。
まずは、官僚論について
「偏差値秀才の弊害」が顕著になっている。
佐藤氏は、官僚のみならず、大企業の社員・マスコミ・知的専門家(弁護士、会計士等)全般に共通する知性の問題を俎上に上げた。
偏差値秀才とは、「真理の追究ではなく、通説を記憶し再現する能力に秀でた人々」だと喝破する。
通説に寄り添うことでは、大きな潮目の変化や大胆なブレークスルーを見定めることが難しい。日本の既得権益層が直面する問題である。
国民の「集団的無意識」は、官僚組織に「偏差値秀才の弊害」が蔓延することの危険性を察知している。国民の代表である政治家にも同じセンサーが働きはじめた。
小泉改革も、事業仕分けも、国民の「集団的無意識」と政治家のセンサーが共鳴した典型例だと佐藤氏は言う。


ところが、官僚はまったく別の「集団的無意識」に絡め取られている。
「官僚は、官僚というシステムに忠誠を尽くす」という集団的無意識である。彼らは極めて誠実に、そして極めて忠実に仕事をこなす。その結果、無自覚的に官僚システムを保全し、そのつけを国民に転嫁している。
官僚支配の打破を念頭に、民主党が試みている統制主義的なハードアプローチは間違っていると佐藤氏は言う。
官僚を道具として見立てようという機械的世界観では、官僚の「集団的無意識」を打ち破ることはできない。かならず軋轢が起きる。
普天間基地移設問題を巡る迷走、尖閣諸島問題での混乱は、その証左と言えるのかもしれない。
「使いながら壊す」「頼りながら頼らない」
官僚支配の打破には、ヘーゲルの弁証法的な関係性が必要なのだろうか。
つづいて外交・国際問題について
「北朝鮮の延坪島砲撃事件」について、政府の見解と大手新聞の論調は、間違っていると佐藤氏は言う。
今回の事件は、米国を交渉テーブルに戻すための外交カードではない。北朝鮮はもっと真剣である。彼らの切迫感を理解しないと大事になる可能性さえある、とのこと。
北朝鮮も「集団的無意識」に生きている国だという。
金日成と朝鮮戦争が作り上げた1950年代の「物語」が、いまも脈々と息づいているというのだ。
「米国が韓国をそそのかし、我が国を虎視眈々と狙っている。自国を守るために断固戦わねばならない。
という物語である。
いまは、諸外国と一致して、北朝鮮を力で封じ込める緊急策をとるべき時だという。
ロシア国営ラジオの日本語放送「ロシアの声」を丁寧に聞き込むと、沈静化に向けて動こうとしているロシアの、日本に対するメッセージが読み取れる。
日本では、万が一に備えて、有事法制解釈の変更を急ぐという姿勢を示すことが必要だとのこと。
「ロシア大統領の北方領土訪問」についても言及があった。
先述の「ロシアの声」には、メドべージェフ大統領の北方領土訪問について、はっきりとした事前通告がなされていた。にもかかわらず、政府はそれを信じなかった。
APECを前にした時期にそのようなことをするはずがないという「通説」にとらわれてしまったからだ。
世界の外交の枠組みは、新しい「帝国主義」の時代に入った。
佐藤氏はそう警告する。
大国が、自国の利益を最大限主張し、国際世論の動向を見定めたうえで、支配を強化するというやり方である。
この流れを受けて、ロシアは、北方領土の「脱日本化」を戦略的に志向しはじめた。
90年代以降進んだ北方四島における日本化の波を押し戻すことを決めたのだ。
これが佐藤氏の見立てである。
歴史、哲学、宗教思想等々、博覧強記の知識を駆使して、断定的に切ってみせる佐藤氏の言論は、強面の表情と相まって、圧倒的な説得力がある。
市井の人となった今も、佐藤さんの見立てを聞くために、接触を求めてくる政治家、ジャーナリストは後を絶たないという。
この日も、10時から福島瑞穂社民党党首と普天間問題を話す予定が入っていた。
「異能の人」への注目は高まるばかりだ。
追記:
この講演に寄せられた21件の「明日への一言」が寄せられました。
みんなの-明日への一言-ギャラリー/11月24日-佐藤-優/
この講演に応募いただいた「感想レポート」はこちらです。
「外交とは今も昔も”知情戦”である」(いちげんトム/大学職員/40代/男性)

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