夕学レポート
2011年07月28日
新しい「大人の学び論」を! 長岡健さん
長岡健氏の研究テーマは、「学習と組織」をめぐる現象を読み解くことである。
その立ち位置は「ストレンジャー」であることに徹している。
「学習と組織」をめぐる諸問題を扱うのは、経営学では「人的資源開発論」と呼ばれている分野になる。ひらたく言えば、「経営に資する人材をどのようにして育てるのか」を考えることだ。
ストレンジャーである長岡氏は、非経営学、脱人的資源開発論の視座から、「学習と組織」をめぐる現象に切り込もうとしている。
ストレンジャーらしく、批判的に、異なったメガネを用いて見ることに特徴がある。
人的資源開発論の文脈で言うと、この10年(特に5年ほど)の大きなパラダイムは、「人が育つ場としての仕事・職場」をどう設計するかにあった。
長岡先生は、「熟達化」という言い方をし、人的資源開発論の専門家は、「経験学習」という。
人は組織の中で、
・適度に難しく、明確な課題を与えられ、
・結果に対するフィードバックを受け
・誤りを修正する機会を繰り返し、
・時に他者との対話を通して内省することで
初心者から一人前へ、さらには熟達者へと成長していくという考え方である。
(詳しくは、大久保恒夫さん、松尾睦先生の夕学ブログをご覧いただきたい)
ストレンジャー長岡氏は、この考え方に「限界」を見ている。
なぜなら、「経験学習」を語る企業の人事担当者の多くが、「自分のことを差し置いて」社員や部下の事ばかりを言うからである。
果たして、一人前になった人は、もう学ばなくてもよいのだろうか。
いま、多くの企業が直面し、もがき苦しんでいるのは、「ルールが変わる時代・土俵」で戦わねばならなくなったことである。
そこでは、従来のルールの中で蓄積した経験、習熟した知見・考え方を捨て去り、新しいルールに適応することを求められているはずだ。
「アンラーニング(学習棄却)」と呼ばれる課題である。
新しいルールに適応することにおいて、トップも、ミドルも、若手も、人事も、現場も同じ課題に向き合っていることになる。いや経験を積んだ一人前人材や熟達人材の方が、より強く「アンラーニング」を迫られていると言えるかもしれない。
「熟達化」「経験学習」だけでは、この問題に対処できない。
長岡氏は、アンラーニングにも二つの捉え方があるという。
ひとつは、新しいものを身につけるために、不要になりつつある過去のものを捨てることを重視する考え方。
不要なものを指摘してもらうには、外部の専門家の力を借りるのが手っ取り早い。コンサルタントが活躍できる領域である。
もうひとつは、他者の手を借りずに、自ら気づき、変わることを重視する考え方である。
「学びほぐし」とか、「教わりグセからの脱却」と呼ばれる行為である。
長岡氏は、むしろこちらを重視する。
しかし大きな障害もある。
アンラーニングは、非合理性に満ちているからだ。経済合理性を旨とする組織の論理に反する行為でもある。
戦略を具現化する人材を育てることをミッションとする企業の人事部が、既存戦略を否定することに繋がりかねないアンラーニングを推奨することには限界がある。
「重要性はわかるが、現実問題としては難しい」
多くの人事担当者は、そう感じるという。
では、人事が出来ることは何なのか。
長岡氏は、あくまでもストレンジャーらしく、二つの示唆を提示する。
ひとつめは、社員に対して、もう一つの「学びのあり方」を許容することである。
「ああ、勉強した」「いいことを教えてもらった」etc
長岡氏が「カタルシス」と呼ぶ達成感、充実感を味わうことが従来型の「よい学び」であったとすれば、もうひとつの「学びのあり方」は、「モヤモヤが残る」「何か気持ちが悪い」といった違和感を味わうことである。
長岡氏はこれを「異化効果」と呼んでいる。
違和感を感じる自分を変だと気づく、自分を異化することからアンラーニングは始まっていくからだ。
ふたつめは、「越境学習」の奨励である。
組織の中で、自分自身を異化することには限界がある。
だから、人事は、社員を外の学びに送り出さなければならない。
組織外の人々とのかかわり合いを通じて学ぶこと、これを「越境学習」と呼ぶ。
「越境学習」とは、先述のカタルシス的な外部セミナーやネットワーキングのための異業種交流会とは異なる。
居心地の悪い異空間に放り込まれて、お尻がもぞもぞするような、何とも言えない体験をすることに本質がある。
アンラーニングを促進するために、人事が社員に対して出来ることは、
・もう一つの「学びのあり方」として「異化効果」を許容すること
・「越境学習」の出かけることを支援すること
である。
しかし、人事の役割には限界も大きい。人事も組織の一部門である。合理性を要請する組織の圧力に抗して、非合理的なアンラーニングの支援を続けることは難しいだろう。
ストレンジャー長岡氏は、ここでも異なった視座を提示する。
「大人の学び」を、経営学の枠組みで、つまりは、経営に資する人材を育てることを所与の目的に据える人的資源管理論として位置づけようとすることに無理がある。
人的資源管理論ではない、もうひとつの新しい「大人の学び論」を打ち立てる必要があるのではないかと。
140年前、福沢諭吉は『学問のすすめ』で、新しい学習論を打ち立てた。
身分制度の枠組みの中で、身分毎の所与の役割を全うすることを目的に積み上げられてきた漢学中心の既存学問体系を否定して、自由な社会で、自ら自律的に役割を形成するための学問のあり方を謳い上げたのだ。
福沢はそれを「実学」と名付けた。
21世紀の「実学」、新たな「学びの文化論」
これを世に問うべきではないか。
前のめりに過ぎると自覚しつつも、長岡氏を煽動してみたが、そこはさすがにストレンジャー。
「それはMCCさんがやらないと」と、巧みにかわされてしまった(笑)
この講演に寄せられた「明日への一言」はこちらです。
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・ルールは変えられる(10moki/会社員/40代/男性)
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