夕学レポート
2012年05月11日
「心あたたまる関係」のビジネス化 武田隆さん
武田隆氏の『ソーシャルメディア進化論』はふたつの意味で良書である。
ひとつは、ホットイシューであるソーシャルメディアの全体像を手際よく整理してくれた「ソーシャルメディア論」として分かりやすい。
もうひとつは、ネットベンチャー経営者15年の「起業論」として読み応えがある。
学生ベンチャーを立ち上げた若者が、試行錯誤のうえで、企業向けのオンラインコミュティというビジネスドメインを見いだし、それを事業として成り立たせるまでのサクセスストーリーでもある。
日大芸術学部でメディア美学者武邑光裕氏に師事した武田氏は、インターネット勃興期に大学生活を送った。専門家が圧倒的に少なかったこの時期、WEB製作を請け負う学生ベンチャーが数多く生まれた。武田氏もその一人であった。
武田氏が惹き付けられたインターネットの本質は、つながることの価値であったという。それは経済性というよりは、驚きや感動という言葉が似合うウェットな価値の世界である。
武田氏は、それを「心あたたまる関係」と呼ぶ。
「心あたたまる関係」を事業として成立させるためのフィールドとして選んだのが「企業コミュティ」であった。
武田氏が、この構想を思いついたのは、ソーシャルメディアという名称が生まれる前だったという。試行錯誤しているうちに、ブログ、twitter、facebookが次々と登場してきた。
ソーシャルメディアの登場は、武田氏にとって大きなフォローウィンドゥになった。
いまや、7000万人の人がソーシャルメディアを利用するという。これは、オンライン上の企業コミュティに対する心理的障壁がなくなったことと同義であった。
武田氏は、ソーシャルメディアとういう壮大なジャングルを俯瞰できる地図を作っている。
タテ軸は、人々がつながろうとする「拠りどころ」の種類である。価値観でつながるのか、現実生活の交友関係でつながるのか。
ヨコ軸は「求めるもの」の違いである。情報交換を求めるのか、関係構築を欲するのか。
武田氏は、自らのドメインを右上の象限に置いた。
企業というゆるやかな価値観に集い、関係構築を求める人々を対象にして、「企業と顧客が価値観で共鳴し合う関係構築の場」をつくろうというものだ。
こうして出来上がったのが下記のようなサイトである。
・花王の「Go Go pika MAMA」
・ドールの「Dole Marche」
これらのコミュティで実現しようとするのが「心あたたまる関係」である。
実現できているかどうかのインジケーターは、「ありがとう」という言葉だという。コミュニティが活性化したとき、「ありがとう」という言葉が書込み内に頻出する。
これは、コミュティに集った人々が、消費者としてではなく、構成メンバーとしてコミュニティを「わが事化」した証左だという。
活性化したコミュニティの存在が、サイトそのものに賑わい現象をもたらし、それを見た人の購買につながるという図式が、「心あたたまる関係」を収益に転換するモデルである。
収益モデルはもうひとつある。
コミュニティをリサーチメディアとして活用するということだ。
コミュニティを「わが事化」した人々が交わす言葉は、「生活者の生の声」として、きわめて良質なものになる。商品開発、サービス開発にはきわめて有用な情報源になる。
モニターとして参加した人々が、投げかけられた問いに答えることで、そして他の人々の答えを共有化することで深い内省と気づきが生まれる。
さらには、リーサーチに参加したことで社会に参画しているという実感を持つことにつながるという。
まさに「心あたたまる関係」がもたらす効果といえよう。
企業コミュニティの開発とコンサルティングに特化してきたエイベックは、小さな市場ながらもNo1のシェアを持つにいたった。
「心あたまる関係」をマネタイズすることに、真摯に向き合ってきた武田氏に、時代が追いついてきたのかもしれない。
自分の信じた道にこだわることは素晴らしい。
そう感じさせてくれる人であった。
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