夕学レポート
2012年10月05日
「変人の役割」 猪瀬直樹さん
「見えないものを見る、聞こえない声を聞く」
これは、人間が発揮できる究極の能力である。
私が敬愛する東洋思想研究家の田口佳史さんの説である。
未来、人のこころ、背後に隠れたものといった見えないものを見通し、聞こえない音や声を聞き分けることが出来ること、それが「玄人」と呼ばれる人の特性だという。
「見えないものを見る、聞こえない声を聞く」ということは、予知能力や透視眼、テレパシーの類ではない。
微かな兆候を見逃さないこと、小さなつぶやきに耳を凝らすこと、である。
私なりに解釈すれば、修羅場経験を積んだ人だけに備わる「直観力」のようなものだと思う。
猪瀬直樹さん、そんな「直観力」を持った人なのだ、とつくづく思った。
講演の話題は多岐に渡った。
東京都による尖閣諸島購入騒動、オリンピック招致活動、都が模索する新たな電力供給源etc。
副知事として直接関わった当事者ならではの裏話もあって、どれも興味深いものであった。
その中でも、猪瀬さんが、多くの時間を割いたのはふたつの話題。
猪瀬さんの「直観力」を象徴するものであった
ひとつはこの話。テレビを見てご存じの方も多いと思う。
東日本大震災の夜、気仙沼の公民館屋上に取り残された400人の避難者の中に、障害児童施設の女性園長がいた。「火の海、ダメかも、がんばる」息子に向けて打った携帯メールには祈るような思いが込められていた。ロンドン在住の息子さんは、救助を懇願する呼び掛けをtwitterで拡散した。それを呼んだ東京の男性が、ひょっとしたらという期待を込めて一面識もない猪瀬さんにリツイートした。
猪瀬さんは、それを見過ごさなかった。
400人の避難者の多くが、同様のSOSメールを打ったに違いない。しかし多くはどこかで途絶えてしまった。警察や消防署、県庁、市役所、ひょっとしたら官邸のどこかまでは届いていたかもしれないのだが...。
猪瀬さんのtwitterには、これ以外にもさまざまな情報が寄せられたであろう。地震当夜である。デマやニセ情報も飛び交っていた。
猪瀬さんは、抑制が効いた的確な文章と情報整理の完成度から、このツイートの信憑性・重要性を見抜き、副知事の権限を最大限利用した迅速な行動をとった。
もうひとつは東電の株主総会に纏わる話題。
筆頭株主として今年の株主総会に乗り込むことになっていた猪瀬副知事は、東電の経営改革が不十分であること立証する材料を探していた。目を付けたのは東電病院であった。
東電が公表していた改革原資捻出のための施設売却リストに、東電病院が含まれていないことを不可思議に思った猪瀬さんは、総会の直前に、都の権限を使って立ち入り調査を強行する。
総会当日、猪瀬さんの問題指摘に対して、「被災地への医師派遣を行っている最中なので売却できない」という理由を展開する東電の欺瞞を、猪瀬さんは舌鋒鋭く追究した。
立ち入り調査の結果、医師派遣は土日に一人だけ、という事実を掴んでいたからだ。
10/1に東電病院の売却が決まり、数十億円の資金を捻出できることになった。
気仙沼の逸話も東電病院の追究も、猪瀬さんのノンフィクション作家としての豊富な経験が発揮された事例と言えるだろう。
『ミカドの肖像』では、旧皇族の土地をめぐる西武王国・堤氏支配の仕組みを解き明かした。『日本国の研究』では高速道路行政に巣くっていた道路施設協会(当時)という寄生虫を暴き出した。
「見えないものを見る」ことが出来る猪瀬さんの直観力を見抜き、権限や地位を与えて、道路公団改革や都政改革の陣頭指揮を担わせた小泉元副首相や石原都知事のトップマネジメントは評価されるべきだと思う。
「小泉さんも、石原さんも、変人だからね」
「変人じゃなけりゃ、オレなんて使わないよ」
控え室でタバコをくゆらせながら猪瀬さんはつぶやいていた。
猪瀬さんもまた、変人であることを自認している。
「単線路線のエリート」
原発事故の国会事故調報告書で指摘されていたキーワードを、猪瀬さんは講演でも、何度か使っていた。
東電も、経産省も、原子力ムラの学者も、皆「単線路線のエリート」であった。
彼らは、自らの路線にある小さなリスクには過敏に反応するが、路線と離れたところにある大きなリスクに気づくことが出来ない。
見える範囲が狭すぎて、見なくてはいけないものまで、見えなくなっている。
「日本のエリートは変人比率が少なすぎる」
猪瀬さんは、そう言い残して帰りのエレベーターに乗り込んだ。
日本のためにも、貴重な変人「猪瀬直樹」には、まだまだ活躍してもらなければいけない。
猪瀬さん、4年後にまた来てくださいね。
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