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夕学レポート

2013年05月14日

理想的な師弟関係 栄和人監督&吉田沙保里選手

photo_instructor_660.jpg夫婦であれ、コンビであれ、他人同士の「関係性」を長続きさせるには、ふたりの「相性」が重要であろう。師弟関係の場合はそれに加えて、どちらかの絶対的支配や無条件崇拝だと長続きしない。
栄和人監督・吉田沙保里選手の師弟は相性ピッタリの絶妙な関係である。その上、互いを尊重しつつ補いあう理想的なパートナーシップが感じられる。
吉田選手の生活全般の面倒をみるという監督の奥様が加わったトライアングルになると信頼&協働関係はよい強固になるに違いない。
ふたりはよく似ている。
根っからの陽性人間である。笑う時は爆笑、泣くときは号泣、目立つことが大好き、気のおもむくままに行動するが、周囲がその天衣無縫さを受け止めてくれる人間的魅力を持つ。
一般論からいえば、そういうタイプの人は、「攻めには強いが守りに弱い」「精神的プレッシャーをものともしないが、油断という大敵を抱えがち」である。
吉田沙保里選手にもそういう面があるのかもしれない。
ふたりの違いがあるとすれば、栄監督には「いちばん大事な試合に負けた」という、貴重な挫折経験があることであろう。
その経験が、吉田選手の持つ「強者特有の脆弱性」を補完しているように思う。
吉田さんの明るさ、真っ直ぐさを誰よりも愛しつつも、あえて悲観的に、用心深く、耳の痛いことを言う役割を引き受ける。


高校時代に三冠王に輝き、順風満帆のレスリング人生を歩んでいた栄和人選手は、ロサンゼルス五輪の代表選考大会決勝戦で敗退し、オリンピック代表を逃す。
3ヶ月の引きこもり状態に陥り、父と母の憔悴も激しかったという。
立ち直って、ソウル五輪には出たがメダルはならず、はからずも女子レスリング指導者の道を歩むことになった。
女子部員は一人しかいないという状態からの出発だった。
そんな彼に、吉田沙保里選手の父 栄勝氏は「娘をあなたに預けたい」と告げてきた。
3歳から自宅道場で鍛え上げ、世界がその才能を認めた愛娘の指導を栄監督に託した。
指導は食生活の改善から始めたという。
若い頃の吉田選手は、熱を出す、風をひきやすい、貧血気味という脆さを抱えていた。その原因は間食にあると見抜いたわけだ。
一日五食で体質改善し、猛練習で鍛え上げた。みるみる筋力がつき、雲の上の存在であった世界王者山本聖子に勝てるようになった。
意外なことにロンドン五輪での三連覇も苦しい戦いだったという。
選手団の旗手はメダルが取れないというジンクスがあった。
レスリング競技は後半の予定、伊調馨選手、小原日登美選手はギリギリまで東京で調整してロンドンに乗り込んだ。旗手を務めた吉田選手は二週間の時間を、限られた練習パートナー(認められるのは2人だけ)を相手に調整しなければならない。
調子はなかなか上がらなかったという。
栄監督も、コーチとして同行した栄勝さんも、これまでの練習と実績を信じるより、なすすべがなかった。
なによりも、勝利への執念が内から沸き起こってこないことに吉田選手自身が焦っていたようだ。
「こんどは勝てないかもしれない」
本人が、そして監督が不安を拭いきれないまま迎えた試合前日。
吉田選手のこころに火を付けたのは、一日早く試合に臨んだ伊調、小原の金メダルだったという。自身が持つアテネ、北京の金メダルの2倍以上という、特大の金メダル見て、一気にモチベーションが高まった。
たった一夜で、いや一瞬で、精神状態をトップギアに切り替えられるのが、吉田沙保里選手である。圧倒的な強さで五輪三連覇を成し遂げた。
号泣する栄監督、満面の笑みでメダル囓る吉田選手。
テレビカメラが捉えた二人のコントラストは、新しい時代の師弟関係のあり方を物語るようで温かいものを感じた人も多かったのではないか。
世界選手権十連覇、オリンピック三連覇、国民栄誉賞受賞
「霊長類最強女子」というレディにはいささか失礼な異名を挨拶のツカミに使って笑いを取る吉田選手は、そんな偉業の重さも、さして感じていないようだ。
ふたりの二人三脚は当分続くに違いない。

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