夕学レポート
2013年10月02日
「偶然」と「誤解」の安倍外交 佐藤優さん
今期第一回目の「夕学五十講」 タイトルは「安倍外交は国益を体現できているか」
講演者の佐藤優氏は言う。
質問型の演題に答えを出すことからはじめるとすれば「体現できている」、となる。
ただしそれは「偶然」と「誤解」の上に成り立ったガラス細工の国益でしかない。
なぜ、「偶然」と「誤解」なのか、佐藤氏は、シリア問題を題材に独自の見立てを披露してくれた。
毒ガス攻撃はシリア政府によるものだと断定し、オバマ大統領が軍事介入に踏み切る決意を示したことで、一気に緊張関係が高まったシリア問題は、英国、日本の協力を得られず窮地に陥った米国が、プーチンの大岡裁き的な提案に助けられて、国連安保理に問題解決を委ねるという形で決着しつつある。
佐藤さんの連載「インテリジェンスの教室」風にシリア問題に関わる8月末~9月初旬の事実関係を整理すると次のようになる。
・8月26日 米国はダマスカスでの毒ガス攻撃がシリア政府によるものだと断定し、「シリアはレッドラインを越えた」と軍事介入に踏み切る決意を示した。
・8月29日 英国の下院は、シリアへの軍事介入に参加する前提となる議案を否決した。オバマはシリア攻撃に対する国際世論の厳しさに動揺をはじめた。
・9月3日 安倍首相はオバマとの電話会談で「国連安全保障理事会の決議を得る努力も継続してほしい」と伝え、5日サンクトペテルブルクのG20サミットの場でも軍事介入への同意を求めるオバマに言質を与えなかった。
・9月7日 安倍首相はサミットを中座し、オリンピック開催国を決めるIOC総会に出るためにブエノスアイレスへ飛んでしまった。結果として、オバマは安倍首相を直接口説く(恫喝する)機会を失った。
一方、プーチン大統領は、オバマとの会見で「シリア政府に対し化学兵器を国際管理下に置くよう提案した」と告げ、軍事介入を思いとどまるように要請した。
・9月10日 安倍首相はプーチンとの電話会談でロシアの提案を支持する旨を伝えた。
・9月11日 プーチンは『ニューヨークタイムス』に寄稿し、米国世論に直接訴えるという掟破りのやり方で、オバマの軍事介入に正面から反対した。
・米国は軍事介入を思い止めざるをえず、問題解決は国連安保理に委ねられた。結果として、オバマは国際的・国内的な威信を失い、プーチンのそれは高まることとなった。
この間に安倍首相は、オバマに対して軍事介入支援の言質を与えることなく、ロシアの側面支援をすることで米国の暴走を止め、世界平和と日本のエネルギー確保に貢献した、というのが、結果論としての「国益体現」だと佐藤氏は見立てた。
イラク攻撃に真っ先に賛同した小泉元首相や、ビンラディン暗殺に賛辞を送った菅元首相とは正反対に、安倍首相は、のらりくらりとオバマをかわし続けた(かのように見えた)。
プーチン発言に、いち早く支持を表明した安倍首相は、米国追従一辺倒から脱し、凜とした独自外交を展開して、軍事紛争の芽を摘むことに貢献した(かのように見えた)
しかし、安倍外交にそこまでのしたたかな戦略性があったとは思えない。
彼の頭にあった最優先事項はオリンピック招致に他ならず、オバマをかわしたのではなく、「偶然」そうなったにすぎない。
プーチンは安倍首相のしたたかさと決断を賞賛したというけれど、それは美しき「誤解」であって、安倍首相が、これから発生するであろう日米同盟の危機を覚悟したうえで行った英断だとは思えない。
それが、佐藤氏の見立てた「偶然」と「誤解」である。
メンツを潰された形になった米国(オバマ)が、今回の一連の日本の外交に対して、かなりの悪印象を持ったことは間違いない。
それは、尖閣問題という爆弾を抱える日本の安全保障とその基軸となる日米同盟のこれからに、けっして良いい影響を与えることはない。と、佐藤氏は断言する。
佐藤流に言えば「新帝国主義の時代」を迎えた世界にあって、結果オーライで片付けることができないほどの危ない橋を、無自覚的に渡っているのが安倍外交ということであろうか。
日本の政治家に反知性主義が蔓延ってはいないか。
講演の最後で、佐藤氏はそう警告した。
理論や事実・エビデンス、歴史的経緯や文化的背景といった知的思考をすっとばして、「決断すること」「実行すること」をなによりも優先する考え方。それが佐藤氏のいう反知性主義である。
橋下大阪市長の一連の言動、麻生外相の「ナチスに学べ発言」、安倍首相の外交にも同じ匂いを感じるという。
次々と難題をクリアして、乗りに乗ってきた安倍政権。こういう時にこそ落とし穴に気をつけなければならない。
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