夕学レポート
2013年10月21日
「殻」があるから成長する。「殻」があるからじり貧化する。 高橋伸夫さん
「工業化社会はT型フォードによって花開いた」と言われている。
この自動車がもたらしたインパクトはそれほど大きかったのである。
T型フォードは、1908年から27年にかけての20年間に渡って、単一車種として驚異的な1500万台を生産し、モータリゼーション社会を実現する原動力になった。
T型フォードといえば、単一モデル、部品共通化、移動式組み立てラインに代表されるフォードシステムが想起される。
しかしながら高橋伸夫先生によれば、ヘンリー・フォードは最初からフォードシステムによるT型を作ろうとしたわけではないようだ。
フォードが、まだ若き技術者に過ぎなかった頃、自動車は「馬なし馬車」と呼ばれていた。
馬に変わる動力も蒸気機関、ガソリンエンジン、電気モーターなどが乱立しており、いずれも「オモチャ」の域を出ることができなかった。
フォードは、技術者であると同時に、自分で自動車を作り、レーサーとして自動車レースで優勝するほどの「自動車マニア」だった。
フォード自動車は、自動車好きの青年技術者が、自分の納得できる自動車を作るために作った会社であったのだ。
フォードは、T型に至るまで、Aからはじまって8つのモデルを次々と開発・発売していった。そのプロセスは、現代の経営学コンセプトでいう「ユーザーイノベーション」に近いものだったと、高橋先生は言う。
フォードの熱意は8度目のモデルチェンジにして花開き、T型は爆発的に売れた。
この時、T型フォードの代名詞とも言うべきベルトコンベヤーによる大量生産システムは行われていなかった。価格も旧モデルよりも割高で、けっして安かったわけではない。
T型フォードの当初の成功は、フォードシステムによって実現したわけではなかった。
車好きのエンジニアが、あーでもない、こーでもないと試行錯誤して辿り着いたある時点での到達点がT型フォードであった。むしろ、製品開発力の勝利というべきものであった。
いわゆるフォードシステムが整い、大量生産によって製造コストが驚異的に逓減したのは、T型フォードの次のステップである。移動式組み立てラインの導入で製造コストが一年で1/8に下がったというから驚きである。安くなったT型は売れに売れ、工業化社会の象徴として栄華を迎えた。
フォードはこの大成功に酔い、T型モデルに固執してしまった。
ある時点の到達点でしかなかったはずのT型を自動車の「不変モデル」と定め、後継機種の開発を怠った。ひたすらフォードシステムを拡大再生産することに邁進した。
やがて、時代がフルメタル型モデルに変わった時、かつての製品開発力は失われており、フォードは時代に付いていくことが出来なかった。
高橋先生は、フォードの成功と失敗を「殻」というキーワードで説明する。
自社の強み、競争優位の源泉となった組織能力は「殻」のように外部からの攻撃を防いでくれる。
ところが、「殻」はやがて自分を縛る硬い枠になってしまう。強みでなくなっても「殻」の硬直性だけは残り、いつまでも会社を縛り続ける。会社もまた「殻」にしがみつこうとする。
こうして企業は「じり貧」化していく。
同じ現象は、日本企業の至るところに散見される。
かつては利益の源泉であった特約店網や販売チャネルが、いつのまにかお荷物になり、切るに切れなくなっている会社。
規制や特許などの高い参入障壁に守られてきた業界の構造が変わり、泥沼の価格競争に巻き込まれ、疲弊している会社。
会社の代名詞でもあった歴史ある定番商品やブランドが急に色褪せてしまった一本足打法の会社。 等々
およそ会社というものは、成長する過程で必ずといってよいほど「殻」を身につける。「殻」があるから競争に勝てるし、規模の拡大が可能になる。
しかし、「殻」を自分で脱ぐのは難しい。
ではどうすればよいか。
高橋先生は、格言的な表現を使って、二つの方向性を示してくれた。
1) 新しい予言者を見つける(育てる)
フォードがT型の製造を次ステップ(フォードシステム)に移行する時、彼には確信があった。「この車は価格を安くすればもっと売れるはずだ」
フォードシステムは、結果的に出来上がったのではなく、製造コストを劇的に下げるために意図的に作った仕組みである。
「殻」を作るのも予言であれば、「殻」を破ることができるのもまた予言である。
2) 天は自ら助くる者を助く
トヨタのものづくりを象徴する「カイゼン」哲学は、まぎれもない組織の強みである。
しかしながら、けっして硬直的な「殻」ではない。
一度作った「殻」を自分で脱ぎさることまでも織り込んだ柔らかい「殻」である。
彼らは短期的には非効率にみえても「カイゼン」を止めない。「殻」が硬直するまもなく新しい「殻」に取り替えていく。
「殻」にしがみつく理由はいくらでもみつかる。だから多くの会社・人は「殻」を脱げない。
しかし、「殻」を脱ごうと悪戦苦闘している人は、どこかにかならずいるものだ。それを見逃さずに見つけ、盛りたてていく。それは経営トップの重要な役割だ、と高橋先生は言う。
強い意志をもって、次の時代の種を守り育てていく「育種家」でなければならない。
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