夕学レポート
2014年10月14日
宮本 恒靖「FIFAマスターで考えた日本サッカーの未来地図」
宮本氏はU-17の世界大会の日本代表を始め、各世代の日本代表チームキャプテンとして出場しました。ワールドカップでは、2002年日韓大会、2006年ドイツ大会の2つの大会でキャプテンを務めており、試合中の統率力や審判との交渉力は記憶に新しいところです。その後、宮本氏は、ヴィッセル神戸での2011年のシーズンを最後に惜しまれつつ現役を引退しました。
35歳を目前にして、サッカー選手としてのキャリアに終止符を打った宮本氏は、以前からの「何かを勉強したい」という強い思いを叶えるため、「FIFAマスター」への挑戦を決めたのだそうです。
FIFAマスターは、FIFA(国際サッカー連盟)が、CIES(国際スポーツ研究センター)と提携して運営するスポーツ学の大学院・修士課程です。世界中から入学希望者が殺到し、例年10倍以上の競争率となる入学審査(レポートや面接などが行われるもの)に宮本氏は見事合格、選抜された30人の13期生の1人としてFIFAマスター入学を果たしました。
FIFAマスター13期は、2012年9月から2013年6月までの10カ月。「歴史学」をイギリス(レスター)で、「経営学」をイタリア(ミラノ)、「法学」をスイス(ヌーシャテル)で、3カ国を3カ月ごとに移りながら学びます。講義はすべて英語で行われるため、元々英語が堪能な宮本氏でしたが、最初は講義についていくのに苦労したそうです。また、講義を受けつつ、次の国への引っ越し準備をするのは大変で、ミラノに移る際はインターネットで部屋探しをして、下見をすることもなく契約したというエピソードもありました。
イギリス・レスターでの歴史学では、近代スポーツの発展の流れを学んだそうですが、もともと「フットボール」としてプレイされていたスポーツが、その後、足でボールを運ぶサッカーと、手で運ぶラグビーというルールの異なる2つのスポーツに分かれていったことや、こうした激しいスポーツは、イギリスの全寮制のボーディングスクールにおいて、若者たちが悪さをしないように、精神や肉体の鍛錬を行うために積極的に取り入れられたことを端緒に発展してきたことなど、興味深い史実を私たちに教えてくれました。
サッカーのキックオフが、通常15時からなのも歴史的背景があります。18世紀半ばから19世紀にかけて起きた産業革命後、工場勤めをするようになった労働者階級が週末に半日の勤務を終え、いったん家に帰って食事をした後にサッカー観戦が楽しめるように、15時キックオフとなったのだそうです。
宮本氏はオリンピックが冷戦時代に東西の政治的なかけひきの道具となったことなど、オリンピックの歴史についても学び、スポーツを国際政治や社会という異なる視点で考えることができたのは有意義だったと感じています。
次のイタリア・ミラノでは、会計や組織論、スポーツマーケティング、経営戦略などの科目が含まれた「経営学」でした。スポーツの振興、発展のためには、経営やマーケティングの知識は欠かせません。
例えば、「サッカーの試合」というものをひとつの製品ととらえると、ファンはチケットを購入し、会場までなんらかの交通手段を用いて行き、スタジアムで試合を観戦します。休憩時間には売店やトイレも利用するでしょう。このように、ファンがサッカーの試合を観戦することに関わる様々な体験の質を高め、顧客満足度を最大化するためには、経営やマーケティングの理論に基づく、緻密な分析や戦略立案と実行、コントロールが必要なのです。
また、スポーツ事業の運営者側としては、観客、ファンとのより良い関係づくりだけではなく、メディアやスポンサーとの関係性向上にも努めなければなりません。様々な関係者との関係づくりのためのコミュニケーションには、マーケティングの知識が役に立ちます。
3カ国目のスイス・ヌーシャテルで学んだ「法学」は、一般の人たちにとってはあまり馴染みのない分野だけに、宮本氏を含む13期生の多くが難しいと感じ、テストでよい点数を取るもの大変だったとのこと。とはいえ、例えば労働法に基づけば、プロサッカー選手には「練習する権利」が保証されており、監督が自分のチームの選手に「練習に参加するな」と命令しても、その選手は必ずしも従う義務はない、といったことのほか、放映権、知的財産権、マーチャンダイジングなど、収益に関連する法律的知識も学ばれたそうです。
スポーツ学において、歴史、経営、そして法律の3つの分野をなぜ学ぶ必要があるのか、当初はよく理解していなかったことが、FIFAマスターを修了して、スポーツのクラブ、あるいはクラブを束ねる連盟組織の運営、すなわちマネジメントに、これらの知識が不可欠だとわかったのだそうです。
例えば、ある国・地域になんらかのスポーツクラブを設立したとして、そのクラブを成功に導くためには、その国や地域の歴史を深く理解することが大切です。また、運営を継続できるだけの収益を獲得し、健全な運営を行うためには、経営・マーケティングの知識を活用しなければなりません。選手との契約や放映権、知的財産の管理においては、法律の知識が必須となるからです。
さて、FIFAマスター修了を通じて、宮本氏は、より高く幅広い視点で日本のサッカーの今後を考えるようになりました。現在Jリーグには、J1、J2、J3合わせて51クラブが存在しますが、試合の質を高めて観客動員数を増やすことは当然として、アジア戦略、すなわちカンボジア、タイ、ベトナムなどのアジア諸国におけるJリーグの人気を高めていくべきだと宮本氏は考えています
アジアではプレミアリーグの人気が高く、アジア戦略成功のためにも、日本のチームがアジアチャンピオンズリーグにおいてトップの座を守リ続けることが必要です。クラブや連盟の運営側においては、人材の育成が急務です。AFC(アジアサッカー連盟)や、FIFAにおいて日本の存在感を示し、最新の情報を得るためには、こうした世界の連盟関係者と交友を深めることのできる日本人が求められているのです。
日本代表チームの強化の点では、日本の強みを活かした「スタイルの確立」が必要だと宮本氏は考えています。過去のワールドカップでの経験も踏まえて、ある程度日本らしいスタイルができつつあり、今年のブラジルでのワールドカップでは、ベスト16を超え、ベスト8入りの可能性もあると、期待も込めて予想しているそうです。
宮本氏は、ワールドカップやオリンピックなど国際的なスポーツイベントは、経済に与えるインパクト、すなわち波及効果が大きいけれど、それだけでなく、スポーツが子供たちに与えるインパクトを重視しています。なぜならスポーツは、子供たちに夢や希望を与えることができるだけでなく、時には対立する人々の融和につながる可能性もあるからです。実際、日本で言えば「卒業論文」に当たるFIFAマスターでの研究発表では、紛争によってムスリム系、セルビア系、クロアチア系の3民族が分断されてしまったボスニア・ヘルツェゴビナの街、モスタルにおいて子供対象の「スポーツ・アカデミー」を立ち上げられないか、というテーマにグループで取り組んだそうです。
すなわち、スポーツの力で、子供たちの民族間差別意識、敵対意識を取り除き、民族融和を実現できるのではないか、という可能性を探ったのです。幸い、この研究成果は、JICA(国際協力機構)や文科省の支援を受けられることとなり、スポーツ・アカデミーの実現に向かって動き出しているとのことでした。
宮本氏は最近、FA(イングランドサッカー協会)のコーチ資格のBライセンス取得にも成功しており、大好きなサッカーに様々な形で今後も関わっていくと同時に、ビジネスの実務経験も積みながら、ご自身のキャリアの可能性を拡げていきたいと考えているそうです。
宮本氏の今後のさらなるご活躍をお祈りしております。
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