夕学レポート
2015年08月11日
山田英夫「競争しない競争戦略~積極的な非競争のすすめ~」
『競争しない競争戦略』
実に新奇性に富んだコピーである。
書店に並び始めたばかりの同名著書は、早くも増刷がかかったというから、山田英夫先生が「このタイトルでないと出さない!」とこだわったコピーは成功したようだ。
「競争戦略」というと、勝つか負けるかの格闘技的なイメージを想起する。実際に戦略論の教科書には、勝つため要因確保に向けたハードアプローチが多い。
しかし山田先生によれば、競争戦略は、そもそも相手とガチンコで戦うことなく、サラリと身をかわす合気道的なものだったとのこと。
競争戦略論の第一人者マイケル・ポーターのそれは、競争しない状態を作りだすためにどうすべきかを論じている。
近年話題になったブルーオーシャン戦略は、競争のない市場を拓くこと、競争を無意味化する市場を作ることを謳っている。
東洋の戦略書「孫子」は、戦わずして勝つことを最善とした非戦・非攻の論である。
さて、山田先生の「競争しない競争戦略」のキーワードは、棲み分けと共生である。
相手と競争せずに棲み分けるためのニッチ戦略と不協和戦略
相手と競争せずに共生するための協調戦略
きょうの夕学では、この三つの分類軸に沿ったいくつかのパターンと事例を紹介していただいた。
この拙文ですべての戦略パターンと事例を紹介するのは遠慮しよう。ぜひ『競争しない競争戦略』を読んでいただくことをお願いしたい。「へぇ~こんな会社があるんだ」と感心すること請け合いのユニーク事例がてんこ盛りに紹介されている。
ここではニッチ戦略、不協和戦略、協調戦力についてそれぞれ二つの事例を紹介するにとどめたい。
1. 棲み分けの戦略I ニッチ戦略
ニッチ戦略とは、リーダー企業とは異なる市場で戦うことである。
リーダーに参入させない、というよりも参入しようという気にさせない。端的には”うま味”を感じさせない戦略と言えるだろう。
本当にうま味がないわけではない。そう思わせることが重要である。
医科・歯科の医療機器メーカー マニー社は、従業員280名、年商110億円の中堅企業ながら、営業利益率29%を誇る高業績企業である。
マニー社のホームページを見ると「やらないこと」宣言が堂々と謳われている。
- 医療機器以外扱わない
- 世界一の品質以外は目指さない
- 製品寿命の短い製品は扱わない
- ニッチ市場(年間世界市場 5,000億円程度以下)以外に参入しない
戦略とは何をやらないかを決めること、だとよく言われるが、ここまではっきりとやらないことを明言している会社は珍しい。
さして大きくない市場で、ここまで自信満々の先発企業に戦いを挑もうという会社はいないだろう。「やらないこと」宣言は、市場のうま味を消す煙幕の役目を果たしているのかもしれない。
豊橋のちくわメーカー「ヤマサちくわ社」には、代々受け継がれた社是がある。
「比叡山と箱根の山は越えない」
関西、関東の大市場には出て行かないという掟である。
市場規模だけみれば大都市は魅力である。小田原、仙台、新潟等々かまぼこ、竹輪の産地はいくつかあるが、いずれも大都市に進出している。
大都市のスーパーに並べれば量は出るかもしれないけれど価格競争にさらされる。対して三河の名産品としてお土産市場で生き抜けば高い価格が通用する。
山田先生は、ヤマサちくわのしたたかな狙いを解説してくれた。
2. 棲み分けの戦略II 不協和戦略
不協和戦略とは、リーダー企業に真似の出来ない、真似したくないと思わせる戦略である。
リーダー企業の強みが逆に足枷になって、やりたくても出来ない。やってはいけないと思わせるところがキモである。
ニッチ戦略が、リーダー企業とは別の市場で勝負するのに対して、不協和戦略とは、リーダーと同じ市場でシェアの一部を奪っている、という違いがある。
出口社長(当時)が、夕学にも登壇いただいたことがあるライフネット生命は、特約なしでの低価格ネット生保で、原価の内訳を公開するというユニークな商法で急成長した。
大手生保にしてみれば、特約は儲けの源泉なので同じやり方には乗れない。大量のセールス部隊を組織化している以上、原価公開は固定費の高さが表面化するリスクがあるので、これまた同質化できない。
史上最年少の上場社長村上太一氏が話題になったリブセンス社は、リクルートという巨人と不協和戦略で戦っている。
リブセンス社の求人情報サイトは成功報酬モデルである。求人情報を見た人が入社した時点ではじめて課金される。リクルート社の求人サイトは広告掲載時点で料金が発生する。
採用費用が限られるベンチャー企業にしてみれば、捨て金にならない成功報酬モデルは魅力的である。リクルート社は、自社の課金モデル否定になるのですぐに真似が出来ない。
3. 共生の戦略 協調戦略
クマノミがイソギンチャクと共生するかの如く、バリューチェーンのある部分でライバル企業と協同しながら生きる道を形成する戦略である。
「自社のバリューチェーンに相手を組み込む」「相手のバリューチェーンに入り込む」という二つのパターンがあると山田先生は言う。
GEの航空機エンジン部門は「産業界のマイクロソフト」と呼ばれることがある。
エンジンを売らずにリースにし、エンジン稼働時間だけ課金をする。メンテナンスも請け負う。飛行機にとってのエンジンという重要=高コスト部分に特化し、航空機メーカーと安全と安心をシェアすることで圧倒的な競争力を持っている。
CMで目にすることが増えたラクスル社は印刷ポータルという独自のビジネスモデルを作った。
製版システム、輪転印刷機、物流設備など印刷産業に不可欠な装置機能を一切もたずに、印刷会社をネットワークで結んで、注文が入ると空いている工場に仕事を流す。「機械を遊ばせたくない」という印刷会社の急所を押えた発想である。
これで価格が劇的に安くなった。ちなみに慶應MCCでも今年からパンフレットの印刷はラクスルに発注をしている。
変化が激しい時代には、儲かるビジネスモデルを作るだけでは長続きしない。いかにして真似されない、真似しにくいビジネスモデルを作るかが決め手になる。それは持続可能なビジネスモデルと言い換えてもいいだろう。
棲み分けと共生というコンセプトは、生物学的な知見に基づいている。
同じ種で競争すればNo.1しか生き残ることはできない。多くの生物は、自分の特徴を他の種と少しずらすことで棲み分け、共生して生き残ってきた。
企業の戦略も、相手に勝つことではなく、生き残る道を探すという発想が求められているのかもしれない。
(慶應MCC 城取一成)
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