夕学レポート
2015年10月09日
丹念な取材から生まれる”作品の魅力”と”人への愛” 中園ミホさん
「華」のある方。
舞台にあがった中園さんの第一印象はこれだ。
ワンピースにジャケットという女性らしい出で立ち。うつくしくセットされたヘアスタイルも上品なメイクも手抜かりなし。それにもかかわらず「今日は徹夜明けなんです」と話を切り出した中園さんを見て「いくつもの大ヒット作を手がけた美人脚本家ともなるとスキが無いものだなあ」と思ったのだが、次の一言で急に親しみがわいた。
「私は仕事のあとはお酒を飲むことしか考えていないので、アフターファイブにお勉強しようとお集まりのみなさんの前で、どんなお話ができるのか不安です」
“パーフェクトな美人脚本家”改め”「なまけもの」で「酒飲み」の美人脚本家”がどんな講演を聴かせてくれるのか、ますます期待が高まってきた。
『花子とアン』(2014年 NHK)
中園さんと言えば、やはりこの作品だろう。『赤毛のアン』の翻訳で知られる村岡花子さんを描いた、朝の「連続テレビ小説」枠で放送されたドラマだ。
NHKの朝ドラといえば、主要人物を演じる役者さんが肉体的にも精神的にも相当な重圧に耐えながら撮影をこなすのが常で、「撮影終了時にヒロインが感極まってうんぬん」というニュースは春と秋の風物詩のようになっている。役者が大変ということは、当然ながら制作陣も大変なわけで、こと脚本家の仕事の過酷さは想像に難くない。
15分×156本分の脚本執筆。つい長距離走に例えたくなるが、人気脚本家の岡田惠和さんいわく「全力疾走の短距離走を156本、の方がふさわしい」そうで、聞いただけでも辛そうだ。この仕事を請ける際のエピソードを、中園さんは「そんなつもりは無かったのに、酒の酔いにまかせてイエスと言ってしまった」とおもしろおかしく語っていらしたが、実際には相当な覚悟をもって臨まれたのだろう。
『花子とアン』を終えた今の感想として「ひとつ山を越えるとまた次の山が見えてくる。そうやって、人間って頑張っていけるんだと思う」と語っていらしたのがとても印象的だった。
『ハケンの品格』(2007年 日本テレビ系)
これは、私が大好きで毎週欠かさず見ていたドラマだ。
膨大な数の資格を持つスーパー派遣社員「大前春子」が、”強者”正社員と”弱者”派遣社員の立場をひっくり返す、爽快なストーリーだった。
私がこのドラマにハマったのは、自らが派遣社員として働いた経験が大いに影響している。
私自身は、派遣先でイヤな思いをしたことは全く無い。ただ、自分で選んだ道とはいえ、数ヶ月先の契約更新が常に頭にチラつく生活というのはなかなか辛いものだ。その不安を力強く吹っ飛ばしてくれる大前春子は、世の「派遣さん」を勇気づけたに違いない。
中園さんがこのドラマを書いたのには裏話があって、元はといえば某一流企業の女性社員たちへの取材の際に「職場の華は私たちでなく派遣さんなんですよ」と聞いたのがきっかけだそうだ。しかし、いざ派遣社員に取材を試みたところ、あっけらかんとした正社員と違って派遣社員はやけにガードが堅い。世間話には気楽に応じてくれるのだが、仕事の話となるとシャッターを下ろしてしまう。
それでも諦めきれずに何度も何度も食事会を重ねるうち、数ヶ月後にようやくある1人が職場でのセクハラを告白した。「男性社員から、契約更新をちらつかせてデートを迫られた」と話す彼女に、「そんなデートの誘い、断ったらいいじゃない」と憤慨する中園さんだったが、落ち着いて周りを見渡すとその場の全員が泣いていた。
中園さんは、「そのとき、派遣社員のドラマを作らねばならないと思いました」と語った。この話を聞いて、自分があれほど楽しみに観ていた理由があらためて分かった気がした。『ハケンの品格』は荒唐無稽なエンタメではなく、しっかりとしたリアリティをベースに、中園さんの強い思いが込められた作品だったのだ。
脚本家は”人が好き”であれ
いくつかのドラマにまつわるお話に続けて中園さんが語ったのは、ご自身が脚本家としてどのように歩んできたか、について。
大学卒業後に勤めた会社ではポンコツぶりをいかんなく発揮し、結局1年3カ月で退社してしまったそうだ。その後、高名な占い師のもとでアシスタントとして働きはじめた中園さんは、政治家や大企業のトップの相談を受けることになる。
30歳手前まで続けたこの仕事を通して、中園さんは「テレビの画面のなかで堂々とした姿を見せつけているより、目の前でしょぼくれた顔をしている政治家の方がチャーミングだ。人は、ほころんでいる姿の方が私は好き、と気づいた」と語る。
中園さんの脚本は、大好きなお酒を介してさまざまな職種・立場の人と腹を割り、幾重にも重ねた綿密な取材から紡ぎ出される。徹底した取材活動の原動力となっているのは、中園さんが講演中に何度も口にした「人が好き」という気持ちの強さだろう。
「完璧な人間ではなく、ダメな人をいとおしく描いていこうと思っています。私にはそういうドラマしか描けない」という言葉に、中園さんの信念を感じた。
“曲がり角を曲がった先に何があるのかはわからないの
でも、それはきっと一番よいものに違いないと思うの”
こんな独白からスタートした『花子とアン』。初回ではピンとこなかったこのフレーズだが、最終回、白髪頭の吉高由里子さんの口から発せられた瞬間に止めようもなく涙がこぼれたのは、中園さんが半年かけて丁寧に丁寧に描いた「人間への愛」が胸に迫ったからだろう。
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