夕学レポート
2015年11月25日
「カモの逆襲」―ウイルスはどうやって生き残っているのか
最近の我が家では、インフルエンザの予防接種を受けるか否かがちょっとした議論になっている。0歳の子どもにだけ打たせる、親だけが打つ、両者とも打つ、両者とも打たない、の4択(正確には、父親or母親の打つ/打たないがあるのでバリエーションはもっと多いわけだが)のうち、どの方法がもっとも望ましいかと幾度となく話し合ってきたが、いまだに結論が出ない。
インフルエンザといえばウイルス感染によるもの、というぐらいの知識はある。他にウイルス感染する病気といえば、エイズもそう。食中毒はウイルスではなく菌が原因。風邪も菌だと思うけれど、風疹はどっちだろう?おたふくは?水疱瘡は?
・・・とまあ、私の知識レベルはこんなところ。講演テーマに関しては、まったくの門外漢ということだ。
高田礼人先生は、私と同じようなレベルの聴衆を想定してか、「細菌とウイルスの違い」の説明から始められた。
細菌に比べウイルスははるかに小さく、また細菌には細胞があるがウイルスには細胞がないという構造の違いがある。さらに、両者は「増え方」が異なる。細菌は自ら分裂して増えるのに対し、ウイルスは自分で分裂することはなく、生きている細胞に取り付いてはウイルスの遺伝子をつくらせて増殖していく。
このウイルスの増え方というのは何やら私の背筋を寒くした。ウイルスを主人公にしたSF小説など書けそうではないか。生きている細胞に静かに入り込み、細胞本人も知らないうちにウイルスのコピーを大量に作らせてしまうというのだから恐ろしい。第一、細胞を持たないのに遺伝子を持っているなんて、想像するに薄気味が悪い生物だ。いや、そもそも生物なのか。遺伝子情報がインプットされた装置、とでもいうほうが適切かもしれない。生きている細胞に吸着すると、その装置は静かに動き始める。
ところで、ウイルスは普段どこで生きているのか?自らの細胞を持たないウイルスは、生きている細胞に寄生しなければ生き続けられない。この寄生される側の生物を「宿主」と呼ぶが、宿主が簡単に死んでしまってはウイルス自身の生存が危ういため、ウイルスは、感染しても致死的な病気にならない宿主のもとに身を寄せる。なんらかの野生生物の個体内あるいは集団内に生き続けるのだそうだ。これを「自然宿主」という。
ウイルスは、自然宿主内にいる限りはその生物をあまり攻撃しないのだが、何かの拍子にほかの生物に感染すると、時に致死的な状態に陥れる。エボラ出血熱はまさにその典型で、2014年には1万人を超える人の命がエボラウイルスにより奪われた。エボラウイルスの自然宿主としてはコウモリが疑われているが、現時点では立証されていない。解明が待たれるところである。
さて、私たちにとって最も身近なウイルスといえば、まさに我が家の食卓でも話題に上がるインフルエンザである。このインフルエンザ、ヒトだけでなく鳥や豚、猫、馬なども感染する「人獣共通感染症」だ。数年前には鳥インフルエンザで多数の鳥が死んだが、動物に感染すると致死的な症状を起こすわけでは必ずしもなく、症状は動物により異なる。
ヒトを含め様々な動物に感染するこのインフルエンザウイルスにも、もちろん自然宿主が存在する。ウイルスを何食わぬ顔で保持し続ける生物。インフルエンザの中心に存在し、無言で様々な動物にウイルスをまき散らしながら、自らは平気な顔で生き続ける、いわばインフルエンザの黒幕ともいえるその動物とはいったい何者か?
鴨なのである。そう、あの「カモネギ」の鴨である。
だって鳥インフルエンザで鳥は死ぬではないか、と思うところだが、鴨は例外。インフルエンザに強いのだ。
インフルエンザの自然宿主は鴨。この事実、なんだか可笑しい。動物界においては、地味で、目立たなくて、大人しくて、ともすると存在すら忘れそうになる…鴨は、私からするとそういうポジション。「カモにする」「カモる」なんていう言葉もあるぐらいだから、どちらかというと日本人からは低く見られてきた動物のはず。
その鴨の中にインフルエンザウイルスが生き続けているだなんて、衝撃的ともいえる事実ではないか。「僕らのことずいぶん軽くあしらってきただろう。いつか仕返ししてやるから覚えとけ!」なんてほくそ笑む鴨の姿が見えるようだ。
いやいや笑いごとではない。
鴨の中に存在するインフルエンザウイルスの型は、理論的には144種類存在するそうだ。ヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の組み合わせのパターンがそれだけあるということだが、私にはよくわからない。そのうち、人間が感染した型は10種類もない。もし何らかの変異が起き、新しい型のインフルエンザウイルスに人間が感染してしまったら、パンデミック(世界的流行)が起こるのは必然。私たちはパニックに陥るかもしれない。
天災も怖い、テロも恐ろしい。人類を窮地に陥れる恐怖は様々ある。そして、鴨発のパンデミックだって相当に怖い。これぞまさに、鴨の逆襲。あのつぶらな目の奥がキラリと光るのが見える。
まあそうは言っても、個人レベルでできることなどたいしてなく、せいぜい手洗いやうがいを励行するぐらいのこと。私たちは、鴨発のパンデミックが起こらないことを祈りつつ、あとは座して待つよりほかはないのだ。鴨、恐るべし。
さて、我が家のインフルエンザ対策はどうしたものか。いやその議論を再開する前に、今日の講演の話を主人とするために、まずは鴨せいろでも食べに行くとするか。
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