夕学レポート
2016年06月14日
三品 和広「高収益事業の創り方」
演題はずばり「高収益事業の創り方」。この言葉は、三品教授が昨年出版した大著『経営戦略の実践1』の副題でもある。執筆の動機、として教授が語った言葉は「そろそろ戦略論を書き換えないといけない」。
ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター教授が『Competitive strategy』(邦題:『競争の戦略』)を世に出したのは1980年、弱冠33歳の時であった。爾来35年、経営を取り巻く環境は激変すれど、この本は世界中で「経営戦略論の決定版」の地位に君臨し続けてきた。
一方、三品教授の『経営戦略の実践1』の帯文には「ポーター、ミンツバーグを超える決定版!」の文字が躍る。これまでの豊富な研究実績をもとに、55歳の教授が満を持して世に問うた本。そこに詰め込まれた三品理論のエッセンスが、教授自身の口から、堰を切ったように語りだされた。
ポーターの本が「産業組織論ベース、演繹的戦略論、基本戦略は『コスト・パフォーマンス・フォーカス』の三択問題、媒介変数は『5つの力』」であるのに対し、三品教授の本は「日本企業の現実ベース、帰納的戦略論、基本戦略は『立地選択』、媒介変数は『2つの相手』」をその特徴とする。後述するように、実際の事業のケースをひとつひとつ吟味した上でその集積の中から帰納的に理論づけ、「誰に」「何を」売るかという2つの媒介変数にこだわり、それを定める「立地選択」に重点を置いている。
「定義すら明確でない『優良企業』という漠とした言葉が一人歩きしている」風潮に疑問を覚え、教授は、数値基準を定めるところから始めた。
「東名阪上場の1805社の、約3000の事業セグメント(金融・不動産および被規制業種を除く)のうち、2000年度~2009年度の10年間で8回以上、二桁の売上高営業利益率を記録したもの」を『高収益事業』と認定。
それにあてはまる『151の成功ケース』をピックアップし、さらにそこから『14の戦略パターンと30の戦略バリエーションを抽出』した。また、成功だけでなく失敗からも学ぶため、営業利益を上回る特損を出した『101の失敗ケース』をも取りまとめた。
『経営戦略の実践1』というタイトルを見てもわかる通り、この本には続編が予定されている。全三巻からなるこのシリーズの構成は、第1巻で事業収益率を、第2巻で企業成長率を、第3巻で製品占有率を扱う。つまり「事業戦略」「企業戦略」「製品戦略」という3つのレベルで、あるいは「収益」「成長」「占有」という3つの切り口で、『優良企業』を因数分解しようという目論見である。
論より事実、とばかりに、教授は「その『151の成功ケース』を、まずはみなさんにご覧いただきましょう」と言った。
スクリーンに、151の企業/事業名が、流れるように映し出されてくる。
事業規模別に大から小へという順番で並べられたリストは、始めこそキャノンなど大企業の事業が目に付いたが、じきに、あまり知られていないような企業/事業群が大半を占めるようになっていく。
「マスコミも研究者もそして世間も、目を向けるのは『高成長事業』ばかり。でもほんとうに儲けているのは、そして人知れず社会の役に立っているのは、このような『高収益事業』のほう」
大変な労力をかけてまとめられたリストを前に、教授の言葉は、これ以上ない説得力を持って会場に響き渡る。
そして教授は、このリストから、更なる知見を導き出す。
- 高収益と高成長は、なかなか両立しない。
- 業種別に見ると、成功ケースが多いのは「化学」「金属製品・機械」、失敗ケースが多いのは「繊維・紙」「石油・石炭・鉱業」。このように、業種毎の傾向が明らかに存在する。
- ライフサイクルで見ると、成功ケースの2/3は「先発/揺籃期」に集中し、失敗ケースの2/3は「遅発/成熟期」に集中している。
- 「管理・製品・構え・立地」の次元分布で見ると、成功ケースの2/3は「立地」に集中。日本の研究者が着目しがちな「製品」には、失敗ケースの1/2が収まっている。
まとめれば、高収益事業の成功ケースは「揺籃期」に「立地」を押さえた例が多く、失敗ケースは「成熟期」に「製品」で勝負しようとした例が多い。
ここで教授は、日本企業が全般的に「失敗ケース」に陥りやすいことを示した。
「成熟期にある既存事業を扱うのが既存組織。そこを主体に中期経営計画をつくらせれば、既存製品のイノベーションといったありきたりの言葉しか出てこない。『中期経営計画』『イノベーション』に熱中している限り、日本企業に明日はない」
「見ていただいた通り、日本にも高収益事業は数多くある。但しその6割以上は年商500億円未満、そしてその過半は四半世紀以上永らえた長寿事業。そのような、大企業が入っていかない、マスコミが取り上げない、研究者も着目しないところで『賢い人は小さく商い、長きにわたって儲ける』を実践している」
ところで、三品教授は「経営戦略」に加えて「経営者論」の研究者でもある。高収益事業をピックアップした上で、それがどのような経営者のもとで創られたかも調べている。
例えば、柳井正氏。といっても、大成功を収めたのちの柳井氏の姿を追ってもしょうがない。それ以前、高収益事業を生み出すまでの間に、柳井氏は何をどう考えていたのか。
ユニクロが急成長する直前に経営誌に掲載された、貴重なインタビュー記事には、神経質で痩せ細って、自らを「臆病」と称する柳井氏の姿があるという。いつつぶれるかわからない。怖くてしょうがない。だから考える。それが結果的に、高収益事業を生み出してきた、と教授は考える。教授が「明治以降の日本でもっとも力のある経営者」と呼ぶ信越化学工業の金川千尋氏も、きっと同じようなマインドセットの持ち主なのであろう。
「経営戦略は人に宿る。だから、人を見に行く」。
事業論に続き企業論、製品論と続く書籍のなかで、どのような経営戦略論が提起されるのか。
その中で、「人」が、どのような輝きを持ってあらわれるのか。
やがて姿を見せる三部作が、日本企業再生のための契機となり、また世界の戦略論を書き換えることを、括目して待ちたい。
(白澤健志)
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