KEIO MCC

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夕学レポート

2016年06月22日

大阿闍梨に学ぶ、暗闇にあかりをともす生き方 塩沼亮潤さん

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すさまじい行と、その先にある奇跡

千日回峰行ーー明治時代以降にこの行を完遂した人、つまり大阿闍梨は塩沼亮潤さん以外にたったひとりしかいない。「てことは、かなり厳しい行なのだろうなァ」と聴講前にボンヤリ想像していたが、具体的な内容を聞いてひっくり返りそうになった。
19:00就寝、23:30起床。起床後すぐに滝に打たれて身を清め、階段500段を駆け上がって山伏のような格好(雨などで濡れると7kgにもなる)に着替える。休む間もなく山を登って朝8:30には24km先の山頂に到着。もちろん、歩くのは整備された登山道ではない。獣道だ。
山頂に着いたらすぐさま来た道を戻る。
毎日毎日、睡眠時間わずか4時間半で48kmもの険しい道のりを行く。これを1,000日間続けるのが千日回峰行だ。常人には到底真似できるものではない。
1,000日といっても、ぶっ続けではない。1,000日連続じゃ死んでしまう……からではなく、雪の時期は山に入れないからだ(いや、実際に1,000日も続けたら間違いなく死ぬだろう)。1年のうち4ヶ月ほどをこの行に費やしても、全て終えるまでには9年もかかる。
講演では、苦しい行の合間に塩沼さん自身が書き留めたたくさんの言葉が紹介された。


塩沼さんが千日回峰行をスタートしたのは23歳だそうだが、9年経てば32歳。9年の歳月をかけて書き留められた言葉は、最初のころこそ若者らしい初々しさやキラキラとした発見に満ちているが、1,000日目に近づくにしたがって、深い気づきや悟りの心境を感じさせるものになっていく。
490日目前後の記録は壮絶だ。連日40度前後の熱を出し胃腸の状態も最悪、あきらかに体調に異変をきたしていた。それでも行を休むことは許されない。限界を迎えた塩沼さんは山の中で倒れ、とうとう「走馬燈」を見るところまでいってしまう。
しかしここで不思議なことが起こる。もうろうとしながら口に入れた砂のあまりの不味さで正気に返り、さらには突如パワーがみなぎってそのまま山頂まで休みなしで到達してしまったというのだ。
このエピソードを紹介したあとの、「限界を”超えた”というのではなく……あれは限界を”押し上げた”体験だったのかもしれません」という言葉が印象的だった。
限界を押し上げた経験を持つ人には独特の強さがある。楽な方、易しい方に流れず、限界を超えない程度に自分を追い込むことで得られる手応えや自信は、人生において貴重な財産となる。私が得たものは塩沼さんとくらべるとかなりスケールが小さいが、自分のなかにも同じような経験があることを認識してうれしかった。

すべては自分次第

今回の講演テーマのひとつは、「人間関係における悩みにどう向き合うか」だったと理解している。
塩沼さんは高校を卒業してすぐに故郷を遠く離れ、奈良の寺での修行をはじめたのだが、若者同士の共同生活では思うようにならないことも多々あっただろう。あんなにも厳しい千日回峰行を満行した塩沼さんが「山の行では、決められたことを精一杯やっていれば合格です。それよりきついのが里の行。日常生活が一番大事なのです」と語るのを聴いて、ううむと唸ってしまった。
「いいことをすれば、いいことが返ってきます」。
塩沼さんは、「ありがとう」「すみません」「はい」を素直に気持ちよく発声することが「いいこと」だと言う。「ありがとう」は、人だけでなく、万物への感謝を込めて。「すみません」は、心からの申し訳ない気持ちから発する。また「はい」という短い言葉(講演では「0.1秒の奇跡」と表現されていた)には不思議と自分の正直な気持ちが乗ってしまう。明るくハツラツと「はい」と答えることが大切だ。
「イヤな相手が自発的に変わることはありません。しかし、自分が変われば相手も変わる。イラッとした瞬間こそが修行のときなのです」という教えは、シンプルだが、本質を突いた言葉だと感じた。私も、人間関係の悩みを解消するにはこれを実践するしかないと思っている(実際にはなかなか難しいが)。
また講演後の質疑応答で、元アスリートの方の「選手時代の後悔が払拭できない」という悩みに対して、塩沼さんは「私たちは刻一刻とあの世に向かっています。それなのに過去を振り返って暗くなるのはもったいないですよ」と答えた。
これもまたシンプルな回答だ。人によっては「抽象的すぎる」「あたりまえじゃないか」と受け取るかもしれない。
でも、苦しんでいる人にかけられる言葉はきっとこういうものでしかないのだ。悩みを抱えた本人が「変わりたい、変わろう」と思わなくては何も変わらない。
闇を光に転じることができるかどうか、全ては自分次第なのだ。

千貫 りこ

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