夕学レポート
2016年06月29日
選挙制度に異議あり! 谷口尚子さん
谷口尚子先生の講演前日、2016年6月21日付の朝日新聞を広げ、私は口をあんぐりさせた。紙面には、今回の参議院選挙において憲法を重視政策に挙げた自民、公明の候補者はゼロ、と書かれていたからだ。
自民党の党首が憲法改正に意欲的なことは今さら言うまでもない。憲法は国の最高法規である。その憲法の改正が重要でないならば、今回の候補者はすべて争点隠しのウソつきか、さもなくばコトの重要性が理解できない大バカのどちらかだ、と書いてしまっては言い過ぎか。
まあ、だからといって、かつて政権交代を果たし惨憺たる結果をもたらしたどこぞの党に期待する気は毛ほどもなく、実現不可能な理想論だけを叫び続ける万年野党にはもはや飽き飽き。もともと政治に関心が薄いほうではないけれど、最近は投票のモチベーションをどこに見つけていいのやら。これが現在の私の偽らざる心境である。
さて、今回の講座は「日本の民主主義の『理想』と『現実』」。講師の谷口尚子先生は、政治の「対立軸」をどう掴むか、という切り口で90分間のお話をされた。
政治の大きな対立軸は右派(保守主義)と左派(革新主義)。ただし、両者の違いは案外あいまいに捉えられている。先生は、この右派と左派の違いについて簡単に解説された。
政治的には、右派は愛国主義、国際競争(軍拡)、集権主義に対し、左派は反愛国主義、国際主義、分権など。経済の面からは、右派は自由主義(=市場、競争、資本を重視)、「小さな政府」に対し、左派は介入・統制経済、「大きな政府」、保護貿易など。社会の面からは、右派は伝統主義、単一性・純粋性・秩序の重視に対し、左派は反伝統主義、多様性・多文化の重視など。
確かにこうして説明されると、右派と左派に対する自分の理解が曖昧だったことに気付く。
谷口先生は、この3つの側面(政治、経済、社会)から、自民党、民主党、社会党(社民党)のこれまでの選挙公約やマニフェストが右・左のどちらの要素が強いかを詳細に分析された。
分析によると、自民党が政治的に最も右寄りだったのは小泉政権で、次いで中曽根政権、安倍政権と続く。経済的に最も右寄りだったのも小泉政権で、次いで高度成長期、安倍政権と続く。田中(角栄)政権、民主党政権期(=自民党が野党だった時)は左寄りであった。
対する民主党は、政権与党だった頃が政治的にも経済的にも最も右寄りで、下野して再び左に寄った。なお社会党は、経済政策は一貫して左だが、政治的には左派から中道へと移ってきている。ついでに言うと、自民党と民主党の左・右の傾向には、実はあまり大きな差が見られない。
なお、選挙公約やマニフェストには福祉や教育、環境など様々な政策が掲げられるが、先生の別の分析によると、票が伸びるのは「経済成長」と「日米安保の強化」の二つの政策だけ。福祉や環境を懸命に叫んでも有権者には響かないというのだ。ちょっと意外な気もするが、これが現実。
さて、これらの説明から私が導き出した結論はこうだ。
小選挙区制ってダメじゃない?
衆議院選挙だと比例復活とかいうインチキのような制度があるが、基本的に小選挙区制では1位にならなければ当選できない。1位になるための戦略を立てようとするなら、票に結びつきやすい多数から支持される政策を掲げながら、リスキーなことは言わないに限る。憲法改正を主張するなどはもってのほかとなる訳だ。2位ではダメなのだから。
民主党が政権与党だった時、政策が政治・経済ともに右に寄った(=自民党に寄った)のが格好の例だ。自民党から政権を奪うために、政策は自民党の傾向に近づいたというのだから何だか滑稽にも思う。1位になるための主張は似てくるという訳だ。
これがもし、2位や3位が当選する中選挙区制度なら事情は変わってくる。1位と2位の候補の政策がまったく異なってもいいのだ。主張される政策は今よりはバラエティに富むものになるだろう。我々有権者にも今よりましな選択肢が示され、選ぶモチベーションが生まれるだろう。争点がもっと示されるはずだし、ユニークな主張も増えるだろうと期待できる。
かつて政権交代が可能な二大政党制をつくるために小選挙区制が導入された訳だが、少なくとも我が国の現状において、この制度はうまく機能していないように見える。みなが1位になろうとするため候補者の主張が似てしまう。票に失いかねないテーマは隠される。これでは争点が見えにくくなる。
また、民主党政権が大コケした後となっては、二大政党というよりも巨大な与党を生み出すシステムになっているようにも見える。そもそも、二大政党制が本当にいいのだろうかという疑問もある。それならいっそ、かつての中選挙区制に戻してはどうか。ベストかどうかはわからないが、現状よりはベターだろう。私もそろそろ意味のある投票がしたいのだ。
それからもう一つ。マニフェスト。これには正直飽きた。
最初にマニフェストが登場したときは新鮮だった。これで人物本位ではなく政策本位で投票できる、これが本来あるべき選挙の姿か!今までの泥臭い選挙から一段洗練された感じがするわ~、なんてちょっとワクワクしたけれど、その時にふと感じた疑問。あれ、マニフェストに詳細な政策が書かれるのなら、候補者なんて誰でもいいってことになるのかな?A党のマニフェストを支持するのであれば、A党の候補者が誰でもいいってことになるのかな?
この疑問が解けないうちに、マニフェストの価値は暴落。書いたことが守られない。それでいて、書かれなかったことが強引に実行されたりもする。おいおい契約違反だろ、と言っても後の祭り。次の選挙で落とせばいいと言ったって、一度成立した法律が覆ったことなんてあったっけ?
政策が何も示されないのは困るけれど、マニフェストのように詳細に書かれたものよりも、もう少し大まかな方針だとかスローガンぐらいのほうが実際はふさわしいように思う。あとは候補者の人物本位(というかその人が言うことの中身)で選ぶほうがまだしっくりくる。地域の代表を選ぶのだから、全国の人々に向けた(そして守られるかどうかもわからない)マニフェストよりも、目の前の候補者が発する言葉で判断するほうがいい。いや、実際はみなそうしているような。マニフェスト、もう要らないのでは?読むの面倒だし、どうせ守られないし。
とまあ、先生のお話をうかがいながら私が感じたのはそんなところだ。
今回の講演で少し残念だったのは、講演日が今回の参院選公示日に当たったこと。先生は「今日は表現に極力気を配らなければ」と笑いながら最初に断りを入れていたが、確かに、どこかオブラートに包んだような話し方を貫かれた。先生は、「政党は真の主張や必要な政策を語っているか?」「当たり障りのない万民受けする内容に収斂(されていないか)?」と疑問形で問題点を列挙されていたけれど、核心をズバリとついた先生のご意見を伺いたかった。
谷口先生、民主主義の理想はどんなものなのか、またお話をうかがいたいです。
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