夕学レポート
2016年07月12日
欧州離脱交渉のカギは女性が握る 竹森俊平先生
ギリシャ、イタリアの金融危機、シリア難民問題、英国離脱というさまざまな未解決問題を抱える欧州は今後どこに向かっていくのか。地域的統合と融和を目指した世界の大きな取り組みに対する会場の注目に対して、重鎮の目線から答えてくれたのが本日の講師である竹森教授でした。英国の離脱に端を発して、やっぱり世界は常に躍動しており、この歴史の一ページが後世を形成する時代の流れとなることを実感した初夏となったのは、ニュースメディアで得る情報よりも生きた大局的視点を竹森教授が提供してくれたからなのだろうとおもいます。
その起源に立ち戻ると、欧州統合には具体的な問題を超国家組織に委ね解決をしていくという理念が流れています。しかし、その解決の過程には矛盾が生まれる。欧州統合を進めたジャン・モネをはじめとする先人たちは、一つの問題をみんなで解決する過程には、意見の不一致や非親和性、平たく言うと問題にぶち当たるという非合理性を理解していたと言います。この不和の連鎖を繰り返しながら、欧州を統合することが先人たちの理想でした。
また統一欧州という取組みは、非可逆性という論理にも基づいています。理論的には、統合の途中で新たな矛盾が発生しても、その矛盾を失敗と捉え直前に統合された部分を否定し、矛盾をなかったものにすることもできます。しかしこの統合の理念には、そのコストが莫大になることから本来可逆性は認められておらず、想定もされていませんでした。結果、欧州は経済的・技術的な統合を進めていくことが運命とされていました。
しかし、経済的統合が進む中で、その矛盾を押し付けられていると感じる人たちの間には、反発する勢力を誘発します。その分子は英国にあったということです。Brexitはその非可逆性へのチャレンジだったのです。「EUのメンバーは増加し、統一領域は拡大すること」が所与の条件ではなくなりました。
その離脱を推進してきたナイジェル・ファラージュは政界を引退し、労働党・保守党のリーダーシップも国民や政治を掴みきれていない。そのようなリーダー不在の中で英国はどこへ向かうのでしょうか。英国は移民を受け入れず、一方で欧州の単一市場に残留したい。しかし、欧州の立場としては、単一市場は財・資本・労働・サービスの移動を自由に行うことが基本であり、労働の移動だけを妨げることはできません。その結果、竹森教授は英国とEUの条件闘争(=ストライキ)が起こると予測しています。先にどちらかが妥協するまで継続する我慢比べです。体力がなくなるのは英国といわれていますが、全体としてみれば世界一大きな経済共同体であるEUにもイタリアという弱みがあります。
イタリアの銀行はユーロ危機が起きた2010年以降、いまだにその業績は回復していません。イタリアは公的資金の再度投入を望んでいますが、EUの規定により公的資金の注入には銀行債を減らすことが求められています。イタリアは、預金が減少している部分の現金を銀行債(証券)で取得しているところがあるため、それを実施するのは困難です。イタリアはその規定に反発しており、EU内でも亀裂が生じています。英国離脱によって、EUやユーロ自体の威信が崩れることはないが、続くイタリアが離脱するという可能性に注目すべきと教授は述べました。
英国の離脱により統合に向けた障壁がなくなったとの見方もあります。しかし、障壁なき今、政治統合が進むことによって、ドイツは大国として「欧州南部」に支援を拠出し続けなくてはならなくなります。よって、残されたEU加盟国間の亀裂が深刻化することにも繋がります。ただし、国民の口座残高がすべてユーロで管理されていることから、例えばイタリアがユーロから離脱することはないのではないかと教授は解いています。ユーロから離脱すると発表したとたん、銀行から預金を引き出そうとする国民が後を絶たないだろうというのです。以上のことから教授は、欧州統合から今後メンバーが離脱することは同時に簡単ではないと追加しました。
本日、英国の次期首相が内務省大臣のテリーザ・メイ氏(女性)になる方針が報じられました。つまり英国の離脱交渉は、メルケル氏とメイ氏の協議によって進められる側面もあるのではないでしょうか。いまだかつて、歴史の転換点に一人のみならず二人の女性が中心的役割を担う場面があったでしょうか。女と女の直接対決が裏目に出るのか、はたまた両者歩み寄る選択肢もありなのか。米国ではヒラリーが、トランプとの対比から頑ななエリート扱いを受けており、なかなか女性大統領誕生の可能性に関するポジティブな見方がありません。メルケル氏、メイ氏、それぞれの性格や政治的バックグラウンドがすべて一致することはないとしても、個人的にはそれを乗り越えた女性としての「共同体感覚」が発揮されないかと願っています。
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