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夕学レポート

2016年07月20日

AIにも奪えない 夢を紡ぐリーダーシップ 一條和生先生

一條和生メディアがAIの躍進を報じるのと同時に、その波に乗り遅れまいとする企業は後を絶たない。同時に、雇用が奪われ、格差拡大を招く可能性がある諸刃の剣としてAIを捉える風潮をメディアはまた隠しきれない。
現代の最もホットなトピックであるこのようなDigital TransformationやDigital Disruptionを有効活用し、人類のgoodwillを起源とする知識創造により、人とDigitalは共存できるという光を与えてくれたのが、一條和生先生である。


Digital Transformationが影響する業界に制限はなく、Digitalの世界の革新は他の既存業界に新しい風を吹き込む。このDigital Transformationにいち早く注目したのが、ユニクロの柳井さんである。例えば、ユニクロはアクセンチュアとの協業を進め、Big Dataアナリティクスを取り入れようとしている。JPモルガン・チェースのCEOも「ウォールストリートにシリコンバレーがやってくる」と発言し、Digital Transformationの警鐘を鳴らしている。Uberは送迎サービスのネットワークチャネルを提供するというサービスモデルを用いて、Digitalの業界が既存タクシー業界に実質上進出している。
このような弱肉強食の時代の中にあり、2000年以降に成人あるいは社会人になるミレニアル世代は彼らの一つ前の世代とは異なった価値観を保有している。例えば、彼らは一部の富を誰かが独り占めする格差に対してうんざりしている。AIやこれらのDigital Transformationも社会的課題解決に用いられるべきであると彼らは考えるだろう。彼らが好む企業No1はAmazon、嫌いな企業No1はGoldman Sachsである。ビジネススクールのトップクラスは、いまや社会課題を解決するためのスタートアップに就職する。
作曲や料理までをも担うことができ万能とも思えるAIを社会的課題の解決に活かしつつ、それでも私たち人類が握るべき要の部分とは何か。AIは料理で言えばその日の気温や水質の地域差によって生じる味付けの分量やさじ加減の部分、外部の状況に合わせて最も「よいとされるもの」を察して判断することはできない。AIには、過去の膨大なデータから調味料の配合を決めるプログラムはあるものの、そのとき求められている味付けを判断する力はない。
つまり、そのAIをどのような用途に利用したいか、何を代替するのがよいかを判断するプロセス(=Cognitive Value Assessment)は人間の思いや企業としてのMissionやVisionが関係するところであり、そこをAIが代替することはできない。
知識の創造プロセスは4段階に分かれており、まずはじめに、個人の頭の中で知識が創造されていく段階(Socialization)、それが表出化され言葉やデザインという共通言語で表現されていく段階(Externalization)、それを他の知識と連結させていく段階(Combination)、他人の頭でも知識がその人のものとして共有される段階(Internalization)となる。このCombinationの部分にAIを活用すると知識創造のスピードは速まる。しかし、Socializationは人類が行わないといけないと一條先生は言う。
AIは過去の膨大なデータから蓄積されたStockとしての知識を他の知識と組み合わせたり、そのままに伝達することは可能である。しかし、今まで知識化されていなかった新しい知識の段階、つまり人の思いに派生する暗黙知が他人に共有され、デザインや文字として形式化される瞬間までは知識が個人の中で拡散し続ける状態にあり、決してAIが代替できない部分であるということである。
暗黙知を形式知に変えていくDesign Thinkingにおいて、暗黙知の部分が非常に注目されており、経営においても、人の思い(Belief)がもっとも重要な要素であるという認識が高まっている。さらに、先生によれば、Beliefの中でも本物をTrue Beliefと呼び、さらに、他人を巻き込むことができるものをJustified True Belief(正義のある正しい知識)といい、これが最も重要な知識であるという。
アリストテレスはそれをフロネーシス(正義のある個別の局面を普遍にする力)と呼び、福沢諭吉は公智(人類にとって重大な知識は何かを察して、それを追求すること)と説いた。一條先生はリベラルアーツがこの知識を担う分野であると説く(夕学五十講でリベラルアーツの重要性を訴えた先生は私の過去のレビュー担当7人中4人!)。
この思いの形式知化を実践した企業が例えば、カルビーである。カルビーのDreaming Sessionでは、まず社員の思いを共有するプロセスを実施し、それを事業計画と個人の数値目標に落としていく。これにより、カルビーは事業計画を経年で達成してきた。
この時代に生きるリーダーに求められている姿としてまず重要なのは、育成することを重んじるリーダーシップ。さらに、誰かに規定されたお手本を真似するだけではない自分なりのリーダーシップを達成すること。つまり、暗黙知として自分自身が保有しているリーダーシップを発揮することで、これが形式知化して、次の世代に影響を与えることになるのである。リーダーシップとしての哲学を共有することで、個別の知識が他人の経験につながる。これがフロネーシスと公智である。
先生のお話を聞いて、私は救われた気持ちになった。いちビジネスパーソンとしてAIに畏怖を覚えずに済むことは、多くの経営者にとっても肩の荷を降ろすことにつながったのではないだろうか。同時に、私が救われた気持ちになったもう一つの理由は、自分が正義であるとか、このほうがよいと信じる自分のBeliefに嘘をつかなくてもよくなったからである。
これまでの私はどこかで企業の目先の売上げや株価に執着してきたように思う。そして、時に売上げを重視するあまり、何が自分の周囲にとって正しい行動なのかという信念を後部座席に追いやっていたと思う。生きていくために必要なお金を一円でも余計に稼ぐことに精根尽きるまで努力することは、いずれAIに代替される可能性もあるのだ。
きっと何か大げさなことを思いついたり、それをうまく形式化できなくてもよい気がする。「このほうがよい」と思うことの多くは、自分が面白いと感じるから他人にも共有したいと自発的に思うものや、考えているだけでワクワクする世界なのではないだろうか。まだまだ技術革新の恐怖に取り付かれている人が多い企業風土において、まだまだBeliefを優先する生き方は少数派になるのかもしれない。すでに現在でも取り返しのつかないくらい格差は進行し、日々生きることに精一杯になるしか選択肢がないかもしれない。けれど、だからこそつまらない作業はAIにお任せして、Beliefを貫くリーダーシップを形式知化していくことが必要なのではないだろうか。そんな人生、きっと楽しい。そして、未来は明るいと教えてくれた一條先生に感謝する。

沙織

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