夕学レポート
2016年07月21日
人間の本質を描く脚本家 大石静さん
「はぁ…もう6年も前なのか…」と思わずため息をつきたくなる。出版業界で働く40代半ばの独身キャリアウーマンと、17歳年下の若き証券会社社長との不倫を描いた「セカンド・バージン」(2010)が放映されてから、なんと6年も経っている!主人公の鈴木京香さまはもちろん美しかったが、それ以上に長谷川博己がかっこよくて、「こんな男にこんなこと言われたらキュン死してしまう…」と思いながら、毎週火曜日が待ち遠しかった。
今日の講演は脚本家の大石静さんである。「おぉ、あの、私の大好きな『セカンド・バージン』を書いた人お方!」という思いっきしファン目線で聴いた120分であった。その中でも大石さんが語ってくれたことをもとに、なぜ大石作品は魅力的なのか、また、昨今オワコンと言われているテレビ業界が抱える課題についても考えてみたい。
魅力その1 「セリフに違和感がある」
小説家と脚本家の違いを言うならば、脚本家は「物語をセリフで表現する」のが仕事である。ほぼ会話のみで物語を展開させていかなければならないのだ。例えば、講演中に紹介された次の二つのセリフを読み比べて欲しい。
1.「あなたじゃない。私が好きなのは」
2.「あなたじゃない。私が欲しいのは」
さて、どっちがお好みだろうか。私は断然2番である。言われてみたいのも2番である。
このセリフは「コントレール」(2016)というドラマでヒロインに言わせた言葉だ。しかし、この「欲しい」という言葉が、過激ということで猛反対にあった。だけど大石さんは譲れなかった。リアルな言葉だと人々の心に引っかからない。「違和感が印象的になる」ようなセリフを入れるのが大石マジックであり、こだわりである。
ちなみに、「セカンド・バージン」では、「あなたの欲しいものは何ですか?」と聞く若社長に、ヒロインは「死のような快楽」と応える。
日常では使わない言葉が、「えっ!えっー!」って観ている人の心を掴むのである。普段使っている言葉って大事なんだな、もっと効果的な言葉を使わなくてはと反省した。
魅力その2「危機感を持っている」
「最近テレビ観てない」という人も多いのではないだろうか。時は昭和28年、大卒の初任給が8千円に対し、テレビの値段が18万円だった。当時の人々にとって、テレビはありがたいものだった。しかし、チャンネルがリモコンになった時、「テレビは見上げるものから見下げるものになった」と大石さんは持論を展開された。視聴者はザッピングしながら番組を選ぶようになり、それに合わせて作り手は簡単・明快なショーをつくり始めた。さらに3.11以後は複雑で不条理な人間関係を描くドラマというよりは、人情話が増えたという。
「人間の本質って醜くて、きたないじゃん」と私は思うが、世の中には人間の真実を直視したくない人が多いらしい。そんなドラマの幼稚化に大石さんは危機感を持ち、挑戦的な作品をつくり続けている。大石作品が魅力的であり、人気なのは、やはり「毒」を求めている人が多いのであろう。
魅力その3「自分の哲学がある」
「既成の価値観を疑ってみる」。これについては、今回の講演で大石さんが一番伝えたかった言葉ではないかと思うぐらい時間を割いてお話しされた。そして、この言葉は大石作品に流れる哲学であり、真髄であると思った。ドラマ「クレオパトラな女たち」(2012)では、結婚している女を好きになってしまった息子に、父が次のように熱く語りかける。
「男と女なんてなるようにしかならないんだから、そのままの気持ちで愛してみろよ」
「むこう(女性の方)だって、お前に愛されたいって思ってるはずだよ」
この父親を演じたのは山崎一という役者だが、講演中に流されたこのシーンを観て、思わずウルッとしてしまった。そうそう、不倫だ不倫だって騒いでいるけど、恋愛って大事だよって感じる。一度の人生、既成の価値観に縛られて生きていくなんてもったいないと、しみじみと思う。やはり、大石作品に惹かれるのは、自分と同じ匂いがしていたからだろうか…男と女の関係以外でも、既成の価値観はたくさんある。すべてのことが白黒はっきりしていたら、物語なんて必要ない。人間には矛盾があり、グレーゾーンがあるからこそ物語が必要なのでは?と大石さんの話を聴いていて考えた。今一度、ドラマはもっと人間を描かなくてはいけない。そんなメッセージを受け取った。そして、ご自身の思いを登場人物に語らせる大石さん、素敵!と思ってしまった。
私が子供だった頃、テレビは娯楽であると同時に、生きる勇気というかエネルギーをドラマから受け取っていた。今、若者を中心にテレビ離れが急激に進んでいるが、やはり良質なドラマはセリフ一つとっても、自分の胸に突き刺さるものがある。今回、大石さんのお話を聴いて、しばらく離れていた心がテレビに戻った。そして、教わったのは「既成の価値観を疑ってみる」ということだ。ぜひ、大石さんにはそんな作品をこれからも作り続けて欲しいと、ファンとして切に願う。
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